会  津  の  歴  史  年  表

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昭   和   時   代

昭和2(1927)年
2月     束松村杉山 (会津坂下町) から出火、焼失10戸。
4月 25日   勝常寺の諸仏が、国宝 (現/国重文) に指定。
 ◇ 木造聖観音立像
 ◇ 木造も地蔵菩薩立像
 ◇ 木造四天王立像4躯
7月 18日   大雨。
9月 25日   普通選挙による最初の県会議員選挙が実施。
岩崎光衛 (若松市)、大竹富吉 (北会津郡)、馬場長一郎 (南会津郡)、石田俊夫・小池源四郎 (河沼郡)、物江浩・矢部丈夫・田部善志 (耶麻郡)、千葉為吉 (大沼郡)が当選。
11月 1日   会津線 「会津若松駅〜上三寄駅 (現/芦ノ牧温泉駅)」 の運行開始。
12月     内川発電所 (530kW、南会津町) が送電開始。
 この年 大正6(1917)年から旧藩主/松平家へ多額の購入金額を払い続け、やっと鶴ヶ城が市の所有となる。
昭和3(1928)年
1月 18月   松平容保の孫/松平節子妃と秩父宮雍仁親の婚約が告示。
同年9月17月、松平節子が小石川役所に勢津子への改名届を提出。
同年9月28日、婚儀 (皇室が初めて控訴せ躯・五摂家以外から妃を迎える)。
3月 24日   赤井谷地沼野植物群が、国の天然記念物に指定。
4月 4日   中善寺の木造薬師如来坐像
弘安寺の銅製十一面観音および両脇侍立像
が、国宝 (現/国重文) に指定。
4月 8日   広瀬村青木 (会津坂下町) から出火、喪失10戸。
5月 21日   野口英世が、ガーナのアクラで没 (51歳)
11月 20日   会津線 (只見線) 「会津若松駅 会津柳津駅」 の運行開始。
 この年 新島八重が、皇族以外の女性で初めて銀杯 (勲二等) を受章。
昭和4(1929)年
4月 1日   若松市で水道の給水を開始。
3月に上水道施設 (現/滝沢浄水場) が完成。
4月 1日   県立工業学校が県立会津工業学校に改称し、校章を「会工」に鶴を配する。
4月 6日   心清水八幡神社の「塔寺八幡宮長帳」および「鰐口」
法幢寺の「銅製阿弥陀如来」および「両脇侍立像」
願成寺の「木造阿弥陀如来」および「両脇侍座像」
が、国宝 (現/国重文) に指定。
5月 7日   新鶴村米田 (会津美里町) の付近で、米沢堤が決壊。
5月 28日   若松市立商業学校が県立若松商業学校となる。
10月 19日   会津工業学校が創立二十五周年記念式典を行なう。
10月 30日   会津中学校が創立四十周年記念式典を行なう。
12月 18日   大川村 (南会津町) から出火し、焼失26戸。
昭和5(1930)年
3月 15日   「宮下〜川口 (三島町)」 間の乗合自動車 (中川/星博二) が開始。
5月 16日   若松市の活動写真 (映画) の常設館/栄楽座が焼失。
6月     会津競馬場が一箕村藤原 (現/山見町) に設置。 5月1日とも。
昭和6(1931)年
5月 14日   加納村宮川 (喜多方市) から出火、焼失54棟。
5月     鶴沼川発電所 (7,100kW、下郷町) が送電開始。
8月     若松市で大火、焼失450戸。
昭和7(1932)年
3月 3日   会津工業学校の寄宿舎から出火し、全焼。
3月 6日   荒海村川島 (南会津町) から出火、焼失16棟・非住家30棟。
5月 19日   柳津村小椿 (柳津町) から出火、焼失18戸。
6月 14日   夫/新島襄と共に、同志社大学開校した新島(山本)八重没 (86歳)
8月     日本のナイチンゲールといわれた瓜生岩子銅像が、 示現寺 (喜多方市) に建立。 東京の瓜生岩子の浅草寺にもある
10月 19日   御薬園国の史跡に指定される。
12月 22日   会津線(現/会津鉄道)「上三寄駅〜湯野上駅 (湯野上温泉駅)」の運航開始。
昭和8(1933)年
2月     会津からの第1回移民団が満州に入植。
4月 24日   朝倉村坂中 (喜多方市) で地滑り発生、圧死4名・倒壊3戸。
 この年 「柳津〜砂子原」間のバス開通。
昭和9(1934)年
3月 5日   東京への電話が開通。
3月 19日   柳津村麻生 (柳津町) で雪崩が発生し、死者8名。
5月 1日   奥会津に生息するカモシカが、国の天然記念物に指定。
5月 10日   田島町 (南会津町) から出火、焼失174戸。 182戸とも。
9月 30日   尾瀬沼/長蔵小屋の新装工事が竣工 (150人収容)。
10月1日から営業開始。
12月4日、尾瀬ヶ原が日光国立公園の一部 (本県初の国立公園) となる。
11月 1日   磐越西線に「堂島駅笈川駅姥堂駅会津豊川駅」を新設。
会津線 (只見線)の「七日町駅根岸駅若宮駅」が新設。
12月 27日   会津線の「会津若松駅〜田島駅」間が全線開通。
12月 28日   鶴ヶ城が、国の史跡に本指定される。
昭和10(1935)年
1月 26日   若松市下五ノ町から出火、焼失6棟。
3月 28日   建設中の会津中学校が、火災により焼失。
4月 7日   大塩村 (北塩原村) から出火、焼失14戸。
5月     東川村高森 (柳津町) から出火、全戸20戸が焼失。
6月 10日   昭和村中津川に雹が8寸も降り積り、麻畑7町歩が全滅。
6月 15日   大川村 (南会津町) に電灯が点く。
11月 25日   桧原湖で和船が転覆し、13名溺死。
12月 24日   猪苗代湖ミズスギゴケ群落」が、国の天然記念物に指定。
昭和11(1936)年
1月 〜3月 大雪が続く。
1月24日から5日間、南会津郡の各小学校が休校。
1月25日、荒海村中山峠 (南会津町) の炭焼小屋が雪崩で4名が圧死。
2月21日、柳津村麻生 (柳津町) 雪崩で4名が死去。
3月、只見地方の積雪量が、5.8メートルに達する。
2月 26日   2.26事件が起こる。 渋川善助が関与。
5月 2日   吾妻村 (猪苗代町) から出火、焼失33戸
5月 6日   土津神社の銘/吉房の太刀が国宝 (現/国重文) に指定。
5月     斎藤清が木版画と出会い衝撃を受け、木版画制作へ傾倒していく。
6月 6日   会津中学校の新校舎が落成。
6月 18日   新郷村川井 (喜多方市) で出火、36戸の内23戸が焼失。
7月 11日   日中線の鉄道工事が着工。
7月 27日   新郷村相瀬 (会津坂下町) で出火、全戸焼失。
9月 12日   安寧寺の銅製阿弥陀如来立像が国の重要美術品に指定。
11月 28日   熊野神社の銅鉢
慧日寺の鉄鉢
が、国の重要美術品に指定。
昭和12(1937)年
4月 1日   現在の会津若松市役所庁舎が完成。
7月 20日   山都村舘原 (喜多方市) から出火、焼失22戸。
11月 11日   示現寺の椿彫木彩漆笈が国の重要美術品 (現/国重文) に指定。
12月     湯ノ上発電所 (7,200KW、下郷町) が運用開始。
昭和13(1938)年
4月 11日   作曲家/猪俣公章が、会津坂下町に生まれる。
5月 4日   慶徳村 (喜多方市) で地すべりが発生。
同月9日、19日、磐梯山で山津波が発生。
5月 22日   戊辰の役で戦死した中野竹子の終焉の地に、殉節の碑が建立される。
5月 23日   塩屋崎沖の地震 (M=7.1)で、猪苗代付近が震度5を観測。
8月 18日   日中線が、「喜多方駅熱塩駅」間で開業。
10月 13日   伊南川発電所 (19,400kW、金山町) が送電開始。
12月 25日   国立公園切手シリーズ第1号として、20銭切手に燧ヶ岳が選ばれる。
昭和14(1939)年
4月 1日   松江春次の寄付により、会津工業学校に機械科が増設される。
5月 19日   桧原村 (北塩原村) から出火、31戸・非住宅100余棟と村の半数が焼失。
5月 21日   野口英世記念館 (猪苗代町) が開館。
7月     新郷発電所 (51,600kW、喜多方市) が送電開始。
11月 5日   湊村赤井 (会津若松市) から出火、焼失25戸・非住宅65棟。
昭和15(1940)年
2月 23日   慧日寺の絹本着色慧日寺絵図/永正古図が、国の重要美術品に指定。
4月 3日   東尾岐村 (会津美里町) に電灯が点く。
4月 10日   田島町長野 (南会津町) から出火、焼失79戸・非住宅67棟。
4月 13日   若松市立実科高等女学校が開校。
7月 12日   柳津ウグイ生息地が、国の天然記念物に指定。
7月 19日   睦合村の程窪・長桜・泥浮山 (西会津町) に電灯が点く。
10月 30日   会津中学校創立五十周年記念式典が挙行。
齋藤善司が「会津中学校五十年史」を刊行。
昭和16(1941)年
1月 22日   全国一斉に、町内会および隣組が定められる。
1月 27日   神指城跡にある高瀬の大木 (ケヤキ) が、国の天然記念物に指定。
5月 8   翁島村 (猪苗代町) の山林火災で、磐梯山山麓1000町歩が焼失。
7月 22日   〜23日、台風により洪水。死者1名・浸水973戸・田畑浸水4,266町歩。
10月 3日   見弥の大石が、国の天然記念物に指定。
10月 28日   会津線 (只見線)「会津若松駅〜会津宮下駅」の運行開始。
昭和17(1942)年
4月 11日   宮下村 (三島町) から出火、焼失118戸・非住宅154棟。
免れたのは、役場・寺社・学校・民家3戸のみ。
7月 1日   若松市が「若松市史」を刊行。
8月 15日   岩波書店の「山鹿素行全集」全15巻が完結。
11月 1日   只見線の「小出駅〜大白川駅」間が開通。
昭和18(1943)年
2月     山郷発電所 (45,900kW、喜多方市) が送電開始。
3月 5日   楢原村楢原 (下郷町) から出火、焼失60戸・非住宅51棟。
4月 1日   県立会津第二工業学校 (機械科・工業化学科) が開校。
4月 7日   高寺村天屋 (会津坂下町) から出火、焼失57戸・非住宅29棟。
8月 12日   田島町付近で局地地震 (M=6.1)。 8月中に有感余震18回を数える。
8月 24日   塔のへつりが、国の天然記念物に指定。
12月 13日   「山都〜一ノ木 (喜多方市)」間のバス運行が開始。
昭和19(1944)年
7月 6日   太用寺の木造釈迦如来立像が国の重要美術品に指定。
昭和20(1945)年
1月 1日   「日本硫黄耶麻軌道部」が行政指導で「日本硫黄沼尻鉄道部」に名称変更。
4月 1日   会津工業学校に電気通信科を増設。
6月 12日   奥川村 (西会津町) で12名の天然痘感染者が発生。
17日までに310余名が感染し、子供6名が死去。

   
8月 1日   神明通りが開通。
9月 24日   アメリカ兵約2千人が若松に進駐。 9月1日とも。
10月     井深大が、ソニーの前身である「東京通信研究所」を個人企業として設立。
 この年 4月から低温が続き、明治42(1909)年以来の大凶作。
昭和21(1946)年
5月 1日   若松市と喜多方町でメーデーが復活。
5月 20日   田島町 (南会津町) で出火、強風のため駅・町役場・警察署・寺院など455戸焼失し、死者も1名でる。
7月 25日   長瀬村川桁 (猪苗代町) で出火、焼失61戸。
10月 10日   会津中学校は月報を創刊。
12月 28日   宮下発電所 (94,000kW、三島町) が送電開始。
12月     沼ノ倉発電所 (18,900kW、猪苗代町) が運用開始。
昭和22(1947)年
3月 1日   只見川電源開発計画が発表。
4月 1日   六三制実施、国民学校は小学校に改称。
12月 12日   会津線「田島駅荒海駅」間が開通。
昭和23(1948)年
4月 1日   新制高校が発足。
 会津工業学校は会津工業高等学校、若松商業学校は若松商業高等学校に改称し、若松商業学校の建築科は会津工業高等学校に移管。
7月 23日   県立川口高校が創立。
8月 1日   県立猪苗代高校が創立。
8月 14日   県立南会西部高校が創立。
10月     信遠寺が草創。
昭和24(1949)年
6月 26日   「川口〜只見」 間のバス運行が開始。
8月 31日   〜9月1日。キティ台風により送電線が切断され若松市内が停電。
 この年 若松市に消防署が設置。
昭和25(1950)年
1月 15日   若松市は、初めて成人式を主催する。
3月 15日   若松市の七日町に派出所ができる。
4月 8日   鶴ヶ城の本丸跡に、東北地方初の会津競輪が開場。
5月 2日   江川村芦ノ原 (下郷町) から出火し、75戸中73戸が焼失。
飛び火して、山林350haも焼失。
5月 6日   西川村宮下 (三島町) から出火し、焼失25戸。
9月 5日   磐梯山飯豊山猪苗代湖などを含む地域が磐梯朝日国立公園に指定。
昭和26(1951)年
1月 31日   県立会津短期大学が認可。
4月1日、商科をもって、若松商業高校内にて開校。
4月     若松市が「市政だより」を創刊。
5月 3日   川西村長井 (会津坂下町) から出火、焼失47戸。
5月 2日   昭和村下中津川から出火、住宅143戸・村役場・小学校など219棟が全焼。
5月 18日   宮下村上ノ原 (三島町) から出火、小学校を含む129戸が全焼。
6月 30日   「川口〜昭和」 間のバス運行が開始。
10月     版画家/斎藤清が、ブラジル/サンパウロ・ビエンナーレで受賞。
  (戦後日本人初の受賞で、国内よりも海外で評価される)
昭和27(1952)年
3月 29日   隆興寺の一字蓮台法華経開結共が、国宝に再指定。
10月     第7回国民体育大会の柔道と軟式庭球競技が若松市で開催。
11月 14日   沼沢沼発電所が竣工。 平成14(2002)年に廃止。
 この年 歌手/春日八郎のデビュー曲「赤いランプの終列車」が大ヒットする。
昭和28(1953)年
5月 11日   本名村 (金山町) から出火、焼失20戸。
5月 21日   一ノ木村 (喜多方市) から出火、焼失24戸。
6月 1日   定期急行バス「若松〜福島」間が運行開始。
8月     若松市で、第4回全国勤労者水泳大会を開催。
8月     片門発電所 (57,000kW、会津坂下町) が送電開始。
柳津発電所 (75,000kW、柳津町) が送電開始。
10月 1日   奥只見電源開発/奥只見ダム (檜枝岐村) の工事が着工。
10月 3日   〜5日、「会津祭り」が始まる。
10月 11日   御薬園が、一般公開を開始する。
11月 1日   江川村湯野上 (下郷町) から出火、焼失14戸。
11月 8日   会津線「荒海駅〜滝ノ原駅」間が開通。
昭和29(1954)年
2月 20日   東山上水道が竣工。
3月 1日   会津高校の通信制第1回卒業生 (1名) が巣立つ。
3月     上田発電所 (63,900kW、金山町) が送電開始。
8月     本名発電所 (78,000kW、金山町) が送電開始。
9月 22日   白虎隊出陣の日にあわせて、「会津祭り」が開催される。
10月 12日   「喜多方町〜米沢」間のバスが開通。
 この年 歌手/春日八郎の「お富さん」が大ヒットする。
昭和30(1955)年
1月 1日   名称を若松市から会津若松市に変更させられる。
2月 27日   第27回衆議院議員総選挙 (福島2区)  八田貞義 (初当選)
4月 1日   坂下町・若宮村・金上村・広瀬村・川西村・八幡村の合併で会津坂下町発足。
楢原町・旭田村・江川村の合併で、下郷町が発足。
4月     東京/東横百貨店で、初めて全会津の観光・物産展が開催。
7月     「喜多方〜細野」間のバスが運行。
 この年 歌手/春日八郎の「別れの一本杉」が大ヒットする。
      若松の幼児が、健康優良女子日本一に選ばれる。
昭和31(1956)年
1月 5日   会津若松消防署に、無線電話が設置。
3月 28日   集団就職列車が走る。 昭和47(1972)年7月まで続く。
6月 1日   神明通りの南角に、市内初の信号機が設置。
7月 14日   〜17日、豪雨。 特に、会津盆地から西会津町にかけて大水害。死者31名・行方不明3名・被害19億2千万円を超える。 死者9名・行方不明6名とも。
8月 10日   背炙山ロープウェイ (背炙り山空中ケーブル) が竣工。
9月 20日   会津線 (只見線) 「会津若松駅会津川口駅」 の運行開始。 田子倉ダム建設のため会津川口駅から現場まで電源開発(株)の専用鉄道が敷設。
運用は、翌年。
10月     長岡藩士殉節之碑が建立される。
11月     関柴ダム (喜多方市) が竣工。 しかし、翌年3月11日に決壊。
昭和32(1957)年
1月     本郷発電所 (2,100KW、会津美里町) が送電開始。
3月 31日   勝常村・笈川村の合併で、湯川村が発足。
4月 30日   神明通りにアーケードが設置。
5月     奥只見発電所ダム (檜枝岐村) の本体工事が始まる。
9月 3日   女性初の移民“おけい”の墓碑背炙山に建立、その地を“黄金丘”と命名。
9月 22日   鶴ヶ城/武徳殿にて戊辰戦役九十年祭記念式典が挙行。
9月 23日   戊辰戦役戦没者慰霊祭が、阿弥陀寺など各所で挙行。
10月 30日   雄国沼の湿原植物群落が、国の天然記念物に指定。
 この年 公益財団法人/野口英世記念会が野口英世記念医学賞を創設。
昭和33(1958)年
2月     若松の空に、オーロラが出現。
3月 20日   会津競輪場を鶴ヶ城三の丸 (現/鶴ヶ城体育館) へ移し再開。
4月 1日   金山村が町制実施で、金山町となる。
4月 1日   会津短期大学に家政科を新設。
5月 22日   第28回衆議院議員総選挙 (福島2区)  八田貞義 (2期目)
6月 21日   野口英世銅像が、中央公民館前に建立される。
8月     上野尻発電所 (52,000kW、西会津町) が送電開始。
9月 18日   台風21号による被害甚大。
 この年 井深大が、商標名であった「SONY」を正式な社名「ソニー」に改称。
昭和34(1959)年
2月 20日   井深八重が、ローマ法王ヨハネ23世から聖十字勲章)を授与される。
2月     会津若松観光協会が発足。
4月 1日   会津高校の野球部が、第31回選抜高等学校野球大会に初出場。
  高郷村萩野 (喜多方市) で簡易水道が完成し給水開始。
5月 1日   田子倉発電所が完工。 出力38万5千KW。
6月1日、営業運転を開始。
6月 27日   国の重要文化財に指定。
 ◇ 金剛寺の金銅製双竜双鳥文磬
 ◇ 慧日寺の白銅製三鈷杵
8月 1日   只見村が朝日村を編入し町制施行により、只見町が発足。
9月     磐越西線初のディーゼル急行列車が、「喜多方駅〜東京/上野駅」間を運行。
10月     大川にコンクリート製の蟹川橋が完成。
11月 6日   磐梯吾妻道路 (通称/磐梯吾妻スカイライン) が完成。
12月 18日   国の重要文化財に指定。
 ◇ 心清水八幡神社の鰐口
 ◇ 熊野神社の銅鉢
昭和35(1960)年
3月 3日   会津若松市の小学校で集団風疹が発生、感染180名にのぼる。
4月 1日   磐梯村が町制実施で、磐梯町が発足。
6月 1日   尾瀬地区が、国の特別天然記念物に指定。
6月 9日   国の重要文化財に指定。
 ◇ 弘安寺の弁天堂
 ◇ 法用寺の本堂内厨子、仏壇、木造金剛力士立像2躯
 ◇ 示現寺の椿彫木彩漆笈
 ◇ 旭田寺観音堂
9月     新鶴村 (会津美里町) や西会津町群岡で、集団赤痢が発生。
10月 26日   会津高校で創立七十周年記念式典が挙行。
11月 20日   第29回衆議院議員総選挙 (福島2区)  八田貞義 (3期目)
 この年 奥只見ダム (檜枝岐村) の本体工事を終える。
昭和36(1961)年
3月 31日   会津工業学校に電子工業科が新設。
4月 1日   三島村が町制施行により、三島町が発足。
5月 12日   井深八重が看護婦の最高栄誉「フローレンス・ナイチンゲール記章」を授与。
5月     会津若松駅舎が新装落成。
7月 14日   藩校/日新館の池に架かっていた石橋の1つを、御薬園に移築する。
7月     奥只見発電所が営業発電を開始。 認可出力56万kW
9月 27日   鶴沼川が大洪水、自衛隊が出動。
10月 1日   磐越西線に、初めて急行列車の運行が開始。
12月 5日   滝発電所 (92,000KW、金山町) が送電開始。
12月 26日   関柴村萱場 (喜多方市) に電灯が点く。
昭和37(1962)年
3月 10日   西会津町で大火。
3月 31日   会津工業高校に精密機械科が新設。
3月 31日   県立喜多方工業高校が開校。
4月 7日   西会津町下野尻から出火、焼失28戸。
7月 20日   磐越西線に 「志田浜仮乗降場 (猪苗代湖畔駅近くにあった)」 を新設。
8月 1日   東北急行バスが、「会津若松〜東京」間の路線を開業。
9月 21日   背炙り山の第二ケーブル開通。
11月 30日   「喜多方〜米沢」間のバス路線が廃止。
11月 3日   一般公開10周年の行事として、御薬園に与謝野晶子の歌碑が落成。
昭和38(1963)年
1月 〜2月 豪雪。 2月8日に自衛隊員146名が喜多方ヘ救助のため出動。
3月 31日   会津工業高校に化学工業科が新設。
7月 1日   国の重要文化財に指定。
 ◇ 成法寺の観音堂
 ◇ 熊野神社の長床
8月 20日   会津線 (只見線) 「会津若松駅只見駅」 の運行開始。
田子倉ダム完成後に、「会津川口駅〜只見駅」が国鉄の営業線となる。
11月 11日   市民の反対により会津競輪が、この日の開催を最後に閉場。
11月 20日   大鳥発電所 (95,000KW、只見町) が送電開始。
11月 21日   第30回衆議院議員総選挙 (福島2区)
 伊東正義 (初当選) 、八田貞義がトップ当選 (4期目)
12月 3日   午前1時過ぎ、会津高校の本館など4棟が焼失。
昭和39(1964)年
4月 30日   伊南村古町 (只見町) から出火、焼失86戸。
5月 14日   〜27日、大塚山古墳で、発掘調査。
6月 1日   「日本硫黄沼尻鉄道部」 が、「(株)日本硫黄観光鉄道」 に名称変更。
6月 16日   13時1分、新潟地震 (M=7.5)。 会津でも震度4。
6月 27日   中山風穴地特殊植物群落が、国の天然記念物に指定。
9月 20日   会津若松市内の電話が自動化 (共振式からダイヤル式) される。
昭和40(1965)年
2月 1日   会津線 (只見線) 「本名駅会津越川駅会津大塩駅会津塩沢駅」を新設。
4月 6日   会津漆器工業団地が、門田町一ノ堰地内に完成。 翌年9月2日とも。
6月 1日   磐越西線の「大寺駅」を「磐梯町駅」に改称。
7月 15日   滝沢峠でバスが転落し、電電公社の職員27名が死傷。
9月 17日   鶴ヶ城の天守閣が、外観として再建 (落成) される。
翌18日からオープン。
9月 20日   喜多方市の電話が自動化される。
10月 1日   特急「やまばと・会津若松駅〜上野駅」を、「山形駅〜上野駅」との列車と併結で運行開始。 東北の支線では初。
昭和41(1966)年
5月 11日   野岩線工事の着工式が、田島町滝ノ原で挙行。
8月 5日   円満寺の観音堂が、国の重要文化財に指定。
8月 16日   滝沢峠で定期バスが転落し、乗客47名が重軽傷。
8月 20日   石川謙が「近世教育における近代化的傾向 ― 会津藩教育を例として」を講談社より刊行。
10月 22日   「近代会津百年史 写真・図説」が刊行。
11月 3日   井深八重が、勲五等宝冠賞を授与される。
12月 10日   国道49号線の滝沢バイパスが完成。
翌年9月20日、全面オープン。
昭和42(1967)年
1月 29日   第31回衆議院議員総選挙 (福島2区)  八田貞義がトップ当選 (5期目)
4月 13日   会津工業高校専攻科デザイン科を新設。
5月 4日   会津若松市から出火し、焼失7棟。
5月 13日   只見町熊倉から出火し、焼失19棟。
5月 26日   北塩原村大塩から出火し、40世帯/99棟が焼失。
6月 15日   磐越西線 「郡山駅喜多方駅」 間の交流電化が完了。
7月1日より運用開始。
6月 15日   会津若松市大戸町上三寄から出火し、焼失8棟。
7月 1日   磐越西線の電車/急行「ばんだい」 が運行開始。
8月 1日   「(株)日本硫黄観光」 が、「磐梯急行電鉄(株)」 に名称変更。
8月 18日   鶴ヶ城で会津博覧会が開幕。
8月 21日   磐越西線の 「志田浜仮乗降場」 が廃止。
9月 22日   明治戊辰百年祭が挙行、秩父宮妃が出席。
11月 5日   「会津若松史」全巻完結。
 この年 作曲家/猪俣公章の「君こそわが命」が大ヒットする。
昭和43(1968)年
1月 15日   〜、奥会津で大雪が断続的に降り続く。
2月25日、只見で3.5メートルの豪雪。
6月     沼尻鉱山 (猪苗代町) が閉山。
9月 18日   磐越西線の特急「やまばと」 が、「会津やまばと」 として運行開始。
9月 28日   磐越西線の特急「会津やまばと」 が、「あいづ」 に改称 。
10月 4日   磐梯急行電鉄 (旧/沼尻軌道鉄道) が運行休止。
10月 18日   会津若松消防署に、ハシゴ車が配置。
 この年 「三浦半島会津藩士顕彰会」が結成される。
昭和44(1969)年
1月 5日   会津若松市内、一夜で積雪63センチメートル。
2月 5日   磐梯熱海温泉磐光パラダイス火災で、焼死31名・重軽傷30余名。
2月 18日   野岩線の山王トンネル (3,440m) が貫通。
3月 27日   「磐梯急行電鉄(株)」 が、会社倒産により全線廃止。
4月 1日   会津若松市が、市制七十周年記念祝賀会を挙行。
5月 16日   会津若松市東山町大巣子から出火し、9世帯全焼。
7月 10日   会津乗合自動車が、「会津若松〜郡山〜平線」 の特急バスを運行開始。
7月 19日   日本初のロックフィルダム/大津岐発電所が竣工。
12月23日、運用開始。
12月 24日   南郷村入小屋 (南会津町) から出火、焼失12世帯。
12月 27日   第32回衆議院議員総選挙 (福島2区)
 伊東正義がトップ当選 (2期目) 、八田貞義 (6期目) 、渡部恒三 (初当選)
 この年 作曲家/猪俣公章の「港町ブルース」が大ヒットする。

昭和45(1970)年
2月 1日   福島中央テレビが開局。
3月 16日   旧滝沢本陣が、国の史跡に指定。
3月     芦ノ牧トンネルが開通。
6月 1日   磐梯山有料道路 (通称/磐梯山ゴールドライン) が、供用開始。
9月 30日   栃沢ダム (会津美里町) が竣工。
12月 3日   会津若松市で、初の消雪道路が出来る。
12月 4日   慧日寺跡が、国の史跡に指定。
12月 28日   駒止湿原の植物群落(南会津町昭和村)が、国の天然記念物に指定。
 この年 作曲家/猪俣公章の「噂の女」が大ヒットする。
昭和46(1971)年
1月 10日   舘岩村 (南会津町) で零下20.5℃を記録。
3月 11日   国の重要文化財に指定。
 ◇ 旧滝沢本陣
 ◇ 旧五十嵐家住宅
4月 8日   田島町帯沢 (南会津町) から出火し、焼失10戸。
6月 4日   会津高校生/渡部隆己の作詞作曲した「愛の泉」が、東芝レコード (歌手/トア・エ・モア) から発売。 オリコン20位のヒット曲となる。
6月 16日   円通寺 (むつ市) で斗南藩百年祭が挙行。
6月 20日   大戸岳の第1回山開きが挙行。
8月 13日   喜多方市岩月町で約4千年前の住居跡を発掘。
8月 29日   会津線「会津若松駅小出駅」 が全線開通し、「只見線」 に改称。
 この年 作曲家/猪俣公章の「おふくろさん」が大ヒットする。
昭和47(1972)年
2月 9日   猪苗代湖のハクチョウおよびその渡来地が、国の天然記念物に指定。
塩川町能力 (喜多方市) から出火、焼失5棟。
4月 1日   会津若松駅前に地下横断歩道が設置。
5月 12日   〜13日、会津若松市東山町一ノ渡戸から出火、焼失9世帯・児童1名死亡。
5月 15日   旧五十嵐家住宅国の重要文化財に指定。
5月 26日   大塚山古墳が、国の史跡に指定。
背炙山が、林野庁の自然休養林に指定。 昭和48(1973)年3月1日?
5月 26日   土津神社で、保科正之三百年祭を斉行。
10月 20日   磐梯吾妻レークライン (13.1 km) が開通。
12月 10日   第33回衆議院議員総選挙 (福島2区)
 伊東正義がトップ当選 (3期目) 、八田貞義 (7期目) 、渡部恒三 (2期目)
昭和48(1973)年
1月 9日   磐梯吾妻地区が、林野庁の国民総合森林休養地第1号に指定。
5月 15日   越後三山只見国定公園 (861,300ha) が指定。
7月 1日   西吾妻スカイバレー (17.8 km) が開通。
8月 4日   「新滝旅館別館」 が御薬園に移築され落成式。 「重陽閣」 と命名される。
10月 4日   桧原湖南西117haが、環境庁の野鳥の森に指定。
12月 6日   西南戦争で戦死した佐川官兵衛の碑が、熊本県阿蘇郡黒川村に建立。
昭和49(1974)年
1月 22日   本郷町 (会津美里町) の電話が自動化。
1月 26月   〜2月、山間部が豪雪。
2月3日まで日中線が不通、2月5日まで只見線が不通。
2月14日、再び豪雪で、日中線・只見線が不通となる。
2月 10日   田島町 (南会津町) で最低気温が零下20℃を記録。
3月 7日   三島町で融雪水による土砂崩れで車2台がい下敷となり、8名死亡・2名負傷。
10月 27日   只見線と日中線が、ディーゼルカーとなる。
同月31日に、蒸気機関車/最後の運行を実施。
 この年 作曲家/猪俣公章の「空港」が大ヒットする。
昭和50(1975)年
1月 11日   豪雪、只見地域で積雪3.55メートルを記録。は。
11月 4日   南会津町 (旧/南郷村) と、さいたま市 (旧/浦和市 埼玉県) が姉妹都市提携。
3月 2日   会津若松市の商店街から昼火事、焼失2店舗。
3月     会津本郷焼物会館 (会津美里町) が開館。
3月 31日   「会津藩家世実紀」1巻が刊行。
4月 24日   会津武家屋敷の落成式が挙行。 開業は、翌々日の26日。
5月 18日   喜多方市小田付地区が国の伝統的建造物群保存地区に指定。
7月 1日   会津若松市営自動車学校が開校。
9月 6日   会津若松市一箕町に公設地方卸売市場が開設。
 この年 作曲家/猪俣公章の「千曲川」が大ヒットする。
昭和51(1976)年
1月 26日   笠原美也子選手 (会津若松市) が、国体のスケート3000mで優勝。
5月 12日   亀ヶ森・鎮守森古墳が、国の史跡に指定。
6月     三島町営バスの運行開始。
8月 23日   国の民俗文化財に指定。
 ◇ 大桃の舞台
 ◇ 檜枝岐の舞台
9月 1日   母成グリーンラインが開通。
12月 5日   第34回衆議院議員総選挙 (福島2区)
 伊東正義がトップ当選 (4期目) 、渡部恒三 (3期目)
昭和52(1977)年
1月 28日   旧馬場家住宅国の重要文化財に指定。
2月 3日   〜7日、豪雪。 只見地域では積雪4.15メートルを記録。
6月 11日   大塚山古墳からの出土品が、一括して国の史跡に指定。
11月 6日   鶴ヶ城に土肥晩翠の歌碑「荒城の月」が建立。
 この年 白虎隊士/鈴木重季と兄/重光の墓が、常金寺本堂脇の境内に移される。
昭和53(1978)年
2月 3日   豪雪、只見地域で積雪4.16メートルを記録。
3日〜4日は只見線 「只見〜小出」 間が運休。
3月 31日   会津工業高校が、精密機械科を併科。
5月 25日   小川渉の著「会津藩教育考」が東大出版会より復刻発刊。
7月 1日   会津若松市の中央通りが、念願の開通。
10月 11日   南郷村と田島町 (南会津町) を結ぶ駒止トンネル (2,010m) が開通。
      小野小町塚 (喜多方市) が、建て替え。
昭和54(1979)年
2月 3日   国の重要文化財に指定。
 ◇ 福生寺の観音堂
 ◇ 天鏡閣
5月 21月   製蝋用具及び蝋釜屋が、国の重要有形民俗文化財に指定。
6月 25月   御薬園」の旧薬園跡・池水取入口など全域が、国の史跡に追加指定。
6月     若松商業高校3年生の渡部千恵子が、第35回国民珠算競技大会個人種目別応用計算で日本一となる。
9月 6日   田島町 (南会津町) と栃木県を結ぶ山王トンネルが開通 (竣功は3月)。
9月 16日   第1回猪苗代湖畔マラソン大会が開催。
11月 28日   会津若松市の電話/市外局番が「0242」に統一される。
10月 7日   第35回衆議院議員総選挙 (福島2区)
 伊東正義 (5期目) 、八田貞義 (8期目) 、渡部恒三 (4期目)
11月 9日   伊東正義が、初入閣にもかかわらず大役の 内閣官房長官に就任。
昭和55(1980)年
4月 29日   下郷町と西東京市(旧/保谷市 東京都)が、姉妹都市締結。
6月 11日   伊東正義が、国務大臣と副総理に就任。
6月 12日   伊東正義が、大平総理の急死により内閣総理大臣臨時代理に就任。
6月 22日   第36回衆議院議員総選挙 (福島2区)
 伊東正義がトップ当選 (6期目) 、八田貞義 (9期目) 、渡部恒三 (5期目)
10月 20日   「会津歳時記」が角川書店より刊行。
11月 22日   会津高校が、全日本合唱コンクール高校の部で金賞。
 この年 磐越西線は、国鉄再建法に基づく幹線に指定。
昭和56(1981)年
1月 21日   田島祇園祭のおとうや行事が、国の重要無形民俗文化財に指定。
3月 31日   会津工業高校が、デザイン科を閉科。
4月 18日   大内宿が、国選定重要伝統的建造物群保存地区に指定。
4月 22日   八葉寺奉納小型納骨塔婆などが、国の重要有形民俗文化財に指定。
6月 2日   会津短期大学で創立三十周年記念式を挙行。
7月 10日   初瀬川ウメが「漆笛づくり」で、第1回伝統文化ポーラ賞/特賞を受賞。
昭和57(1982)年
2月 1日   会津若松市東山町の東山ダムに貯水開始。
4月 21日   山村生産用具及び馬宿が、国の重要有形民俗文化財に指定。
5月     第二沼沢発電所 (460,000kW、金山町) が送電開始。
6月 11日   勝福寺(観音堂)国の重要文化財に指定。
8月 1日   只見線の 「西若松駅只見駅」 の貨物営業を廃止。
8月 20日   柳津町西山地区の地熱発電調査のボーリングが開始。
10月 19日   南会津町 (旧/舘岩村) と、さいたま市 (旧/大宮市 埼玉県) が友好都市提携。
10月 23日   多目的ダムの重力式コンクリートダム「東山ダム」が竣工。
11月 15日   磐越西線の急行「いいで・新潟駅〜上野駅」が廃止。
東北新幹線開通に伴い、首都圏との直通電車が順次 廃止されていく。
12月 23日   早戸トンネル (三島町) が開通。
 この年 東北新幹線開業に伴い、鉄道のダイヤが大改正。
      「会津鑑」を全五巻 (歴史春秋社) に集約した復刻刊行が完結。
      五十嵐善蔵が「からむし栽培」で、第2回伝統文化ポーラ賞/特賞を受賞。
昭和58(1983)年
6月 11日   伊東正義が、国務第37回衆議院議員総選挙で当選 (福島2区、7期目)
11月 11日   国鉄が日中線の廃止を決定。
12月 18日   第37回衆議院議員総選挙 (福島2区)
 伊東正義 (7期目) 、渡部恒三がトップ当選 (6期目)
昭和59(1984)年
2月 1日   磐越西線の急行「ばんだい」が廃止され、郡山駅からの快速列車に移行。
3月 31日   日中線で、「さようなら日中線号」が運行。
4月1日、日中線が廃線。
9月 23日   会津若松市と、むつ市(青森県)が、姉妹都市提携。
9月     鶴ヶ城築城六百年祭が挙行。
9月     第二新郷発電所 (38,800kW、喜多方市) が送電開始。
 この年 横須賀市が会津藩士の腰越墓地を円照寺から購入し市の文化財に指定。
昭和60(1985)年
2月 5日   〜9日、猪苗代スキー場で、第34回全国高校スキー大会が開催。
4月 1日   背炙山ロープウェイ (愛称:空中ケーブルカー) が廃止。
5月 30日   昭和村と草加市 (埼玉県) が、姉妹都市提携。
6月 1日   「会津日新館志」全五巻 (歴史春秋社) 刊行が完結。
10月 7日   生活工芸館 ((三島町) が開館。
12月 27日   「会津大辞典」が国書刊行会より刊行。
 この年 川口温泉 (金山町) が開湯。
昭和61(1986)年
1月 27日   会津若松市の旧町名・地名表示板の設置開始。
3月 31日   会津町方伝承館が完成。 5月3日にオープン。
4月 1日   会津工業高校の工芸科と窯業科を廃止し、インテリア科とセラミック科を新設。
5月     大川発電所 (21,000kW、会津若松市) が送電開始。
7月 6日   第38回衆議院議員総選挙 (福島2区)
 伊東正義 (8期目) 、渡部恒三がトップ当選 (7期目)
7月 20日   磐越西線の 「猪苗代湖畔駅」 が臨時駅として新設。
10月 8日   南会津町 (旧/田島町) と台東区 (東京都) が、友好都市提携。
10月 18日   県立博物館の開館記念式が挙行。
10月 9日   計画決定から60余年を経て、野岩鉄道(株)の会津鬼怒川線として開業。
浅草駅から会津高原駅 (会津高原尾瀬口駅) まで、直通運転開始。
11月 6日   会津鉄道の設立総会が開催。
11月 21日   会津美里町と台東区 (東京都) が、友好都市提携。
昭和62(1987)年
1月     版画家/斎藤清が、鎌倉から柳津町へ転居。
3月 31日   国鉄/会津線の廃止が決まり、第三セクター方式の会津鉄道が引き継ぐ。
5月 12日   会津松平家墓所の院内御廟が、国の史跡に指定。
7月 16日   JR会津線から、会津鉄道として 「西若松会津高原」 間の営業が開始。
上三寄駅が、芦ノ牧温泉駅に改称。
8月     慧日寺資料館 (磐梯町) が開館。
10月 20日   16年の歳月をかけた大川ダムが竣工し、若郷湖が出現。
12月 26日   会津若松市大戸町一帯に、奈良時代から東日本最大の窯場群が存在していたことが判明する。
 この年 旧/日中線の「熱塩駅」が記念館になり、喜多方市内の軌道跡地はサイクリングロード「日中線記念自転車歩行者道」に整備される。
昭和63(1988)年
4月 1日   下郷発電所 (1,000,000KW、下郷町) が送電開始。
4月 27日   会津鉄道の 「塔のへつり駅」 が新設。
7月 15日   北塩原町で、磐梯山噴火百年に因み、犠牲者477人の追悼慰霊祭を営む。
11月 12日   田島の上ノ台遺跡が、日本で3番目に古い環状列石であることが判明。

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