会 津 若 松 市 の 見 ど こ ろ

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河  東  町  周  辺

猪苗代湖

翁島 ≪翁島≫
 唯一の島で、渇水期には陸続きになる。
 島内には翁明神があり、数多くの僧が修行をつんだというが、現在は無人島。
 老夫婦が住んでいたからともいわれるが、語り継がれている"翁島伝説"がある。
 
<「猪苗代町」「湖水浴」と併記>

≪崎川浜 (さっかはま)≫
崎川浜(さっかはま)  国道からはずれているため、静かな浜である。
 西側に位置していて、朝日が美しい。
 秀峰磐梯山をバックに写真を撮るスポットとしても有名。
 白鳥が朝日を浴びて飛び立つシーンを撮るため、海外からも訪れる。
 ▲(会津若松市湊町静潟字平浜)
    鶴ヶ城から 23.4km

≪中田浜 (なかだはま)≫
中田浜の学而会館(会津高校)私有地  西岸に位置して、湾に囲まれていて穏やかな浜。
 豊かな自然が満喫でき、一番のお勧め。 しかし、シャワールームや食堂などの付帯設備は、ほとんどない。
 近くに、レジャーボートやヨットのマリーナがある。
 ▲(会津若松市湊町静潟小浜)
    鶴ヶ城から 20.2km
    [1頁 伝説]

≪小石ヶ浜 (こいしがはま)≫
小石ヶ浜(こいしがはま)  西岸に位置し、正面に翁島が見える。
 会津レクレーション公園の近くの小さな浜。
 近辺から湧き水があり、比較的水がきれい。
 砂浜の砂に石英が多いようで、キラキラ輝いている。
 県道に小さな看板があるだけで、ちょっと分かりづらい。
 ▲(会津若松市湊町赤井材木山)
    鶴ヶ城から 17.0km

 各浜の問い合わせは、会津若松市観光課 Tel: 0242-39-1251

≪猪苗代町側の浜は、こちら。≫

赤井谷地沼野植物群落  ネットで立寄り

赤井谷地沼野植物群落

 猪苗代湖の北西岸で、比較的低標高に位置する高層湿原。
 南北1キロ強、東西1キロ弱、面積68ヘクタールで、海抜530mの平坦地にある。
 4〜5万年前の火山の噴火で湖沼となったが、その後の水位低下により2万年前から湿原が形成された。
 湖沼から陸化によってできた湿原は、日本では赤井谷地しかない貴重な湿原である。
 昭和3(1928)年に、国指定天然記念物となる。
 日本の重要湿地500 (環境省) の1つ。
 昭和36(1961)年9月には、昭和天皇が行幸され、翌年の新年御歌会に、
  「雨はれし 水苔原に枯れのこる ホロムイイチゴ 見たるよろこび
とお詠みになられ、昭和59(1984)年9月にも再訪された。
 北側には、戸ノ口原古戦場がある。

 ▲(会津若松市湊町大字赤井) 鶴ヶ城から 15.8km

強清水 (こわしみず)

 旧白河街道と旧二本松街道の分岐点として,滝沢峠の頂上に茶屋があった場所。
 県の名水30選に選ばれている。
 「身欠きニシン、水でもどしたスルメ、まんじゅう」のてんぷら3点は、昔からの名物。
 温かいニシンそばも、ぜひ味わいたい。

強清水  飲んべえで親不孝な息子がいたが、湧き出る清水を酒にたとえて飲んでいる働き者の父親の姿を見て、改心したという民話がある。
強清水の説明文    


 ▲(会津若松市河東町八田字下ノ家) 鶴ヶ城から 11.1km

鍋 沼

鍋沼

 発電所の調整池としての役割を持っている沼。
 対岸から磐梯山も映り、見事な風景を作り出す。
 春は、ソメイヨシノの桜並木が、透明な水面に映える。
 紅葉の季節も、同様に素晴らしい。
 湖畔を一周しても、徒歩で50分程度。

 ▲(会津若松市河東町八田字大野原) 鶴ヶ城から 12.7km

戸ノ口原古戦場       ネットで供養

白虎隊奮戦の地

 戊辰の役で、東軍・西軍ともに多数の戦死者を出した激戦地。 白虎隊士中二番隊が出陣し、奮戦した場所でもある。
 白虎隊奮戦の地碑、戸ノ口原古戦場碑、会津藩士の墓、戦死者の墓碑などが点在してある。
 地内に、“夜泣き石”がある。

白虎隊の足跡を辿る 白虎隊戦闘の地

 ▲(会津若松市湊町赤井戸ノ口) 鶴ヶ城から 12.7km
   ・見学自由(碑があるだけ)

やすらぎの郷 会津村   ネットで見物

会津村

 6万坪の広大な日本庭園には、見どころも多い。
  ◇ 奥会津から移築された「奥会津曲屋
  ◇ 約1千点の民具を展示してある民俗資料館
  ◇ スリランカ国からの釈迦横臥像
  ◇ 明暦元年に建てられた地蔵尊
  ◇ 釈迦如来を祀る三重ノ塔
  ◇ 525坪の観音池
  ◇ 京都の二条城を模した大手門など

 高さ57メートルの「会津慈母大観音像」には、男の子が抱かれていて、遠くからも見える。
 胎内には、1万体の十二支御守本尊が、祀られている。
 秋の菊まつりは、盛大である。
 春から秋の土休日の10時から3時までは、「地元かたりべ」による昔ばなしや民話、野口英世の母「シカ」の手紙の朗読を聞くことができる。

 ▲(会津若松市河東町浅山字堂ケ入7 Tel. 0242-75-3434) 鶴ヶ城から 8.3km
   ・見学時間 50分

皆鶴姫の碑

皆鶴姫の碑

 源義経と皆鶴姫の悲恋物語を伝える碑。
 義経の初恋の人でもある。

皆鶴姫の碑群(現地板)   

 「皆鶴姫/義経の足跡を巡る」は。こちら。
 ▲(会津若松市河東町倉橋字藤倉) 鶴ヶ城から 5.5km
   ・見学自由

小原庄助の墓 (秀安寺)

小原庄助の墓

 高台にある墓域の真ん中ほどの場所にある。
 小さい墓で、文字は刻まれておらず見過ごしやすい。
 一番右の墓誌に、「義山道勇信士」 と刻まれている。
 過去帳には、下記の記載があるとのこと。
  「明治元年九月五日上居合 小原庄助 義山道男
 苗字帯刀を許された郷頭だったという。

小原家之墓 義山道勇信士
 近年、近くに新しい墓も建立されている。
  ・義山道勇信士  平成六年四月建立
  ・小原家之墓    昭和四十三年三月建立
    (墓碑には「明治元年八月二十二日」とある)

 秀長寺に供養塔が、白河市の皇徳寺にも墓がある。

 ▲(会津若松市一箕町大字鶴賀字船ヶ森10
    Tel. 0242-22-9107) 鶴ヶ城から 4.6km
    ・秀安寺については。こちら。  小原庄助については、こちら。

「名刹と神社」は、こちら。

山神社 (金堀)

 旅人の安全のために建立された。
 入口脇には、馬頭観世音がある。
 旧/滝沢街道を江戸に向かい、最初の峠/沓掛峠を越えて下った所にある。
山神社の馬頭観世音  現在、沓掛峠越えはハイキングコースになっている。
 車では、通れない。
 新/滝沢街道からは、金堀集落近くの道路沿いにある。
 バスがUターンする所の奥。

[補足]山神社の説明文  この地は、有数な金鉱山であった。
 運気を授かろうと、大勢の参詣人で賑わったという。
 今では、宝くじファンの有名な"隠れ神社"でもある。
 参拝し心を籠めて祈願すると、当選の御利益があるそうだ。
 続きは、こちら (右の写真クリックでも可)。

 ▲(会津若松市一簣町金堀) 鶴ヶ城から 8.8km

金堀城址

 50メートルほどの馬蹄形の平場が残っているとのことであるが、草木に隠れて認識できない。
 案内板があるのみ。
 道の向かいに、「会津藩士十八人の墓」がある。

(かね)  (ほり)  (じょう)  (あと)
 現在位置から前方に見える山には、葦名(あしな)時代の十六世紀後半に築かれた山城跡がある。 その規模は、東西一五〇メートル、南北八〇メートルで、峠の頂上から東に面して山腹に幅約二メートル、長さ約五〇メートル、の馬蹄形(ばていけい)平場(ひらば)が六段、山裾に三段の平場が造られていた。 金堀(かねほり)金山(きんざん)を支配していた人物が築城主とされ、猪苗代湖周辺と飯盛山城との間を狼煙(のろし)で連絡する役目を果たしていた。

金堀城址の現地説明文
ここから 飯盛山まで約2.3キロ   戸ノ口原まで約4.6キロ  .
平成二十一年三月三十一日 設置  会津若松観光物産協会  .
(現地案内板より)  .

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