戊  辰  の  役  /  殉  難  者

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慶応4(1868)年 2月〜閏4月

≪ 戦 い は  北 上 ≫

 文化7(1810)年からの2度にわたる江戸湾警備で、米国から世界情勢は知らされ熟知していた。
 将軍に開国を初めて具申したのは、会津藩である。
 パリ使節団に参加した横山常守と海老名季昌によって、欧州事情ももたらされていた。

 長らく文官が運営していたが、蝦夷地や江戸湾警備、京都守護職就任で武闘派が台頭する。
 勢力を拡大したのは、“禁門の変”での大勝利からであった。
 彼らには、世界の情勢や世の変化などを知ろうとはしない弱点があった。
 米国/南北戦争の4年間で、驚異的に進歩した兵器にも熟知していなかった。
 鳥羽伏見の戦いの最中、藩主は敵前逃亡の旧将軍に随行し京都を去った。
 そして、1人の若者に、その責任を取らせ、詰め腹を切らせた。
 国外事情に精通し、長賊らにも尊敬されていた優秀な指導者/神保修理を失った。
   「帰りこん ときぞ母のまちしころ はかなき便り 聞くへかりけり
 勝海舟へ宛てた遺詩の末尾には、悔しさ、無念さが吐露されている。
   「後世 吾を弔う者に遺言する 岳飛に罪ありしや否やを見よ と
 坂本竜馬も、「会津には 人物にてありたり」と手紙に記している。
 恭順を主張した他の外島機兵衛河原善左衛門の進言も、取り上げられなかった。

 会津の行く末は、決まった。

 後の8月23日、河原善左衛門は滝沢で倅/勝太郎と弟/岩次郎と共に覚悟の戦死をした。

 2月

神保修理長輝 30歳  内蔵助の長男  2月13日、濡れ衣により三田下屋敷で切腹
  興禅寺   建福寺

 3月

加藤惣左衛門    衝鋒隊指図役  3月3日(9日とも)、下野/梁田で戦死
柳田勝太郎重遠34歳 理記とも 小右衛門の伜 衝鋒隊軍監 3月7日、下野/梁田で負傷
   9日に川堤の上で自刃  崇聖寺
外島機兵衛43歳 堀藤左衛門の次男、名は義直。 3月7日、総督府と交渉中に急死  青山霊園
中川泰      3月9日、下野/梁田で戦死
野村駒三郎50歳 悌之助の分限 旧幕軍古屋隊指図役
野出政之進蔵主26歳 土屋八左衛門の伜 歩兵差図役 3月10日、下野/大田原で戦死  不退寺
伊勢因幡50歳 鞍師・鉄炮台師 3月15日、江戸/三田藩邸で自刃
小川隆寛   3月16日、戦死
鈴木源之助40歳 大鳥圭介軍 3月17日、下野/小山で戦死
桑田春作65歳 同朋頭 3月20日、江戸/三田藩邸で自刃
佐川主殿34歳 官兵衛の弟 先備甲士 江戸残留組 3月22日、江戸で幕府兵と争死

 4月

石川七之助
 江花、伊藤とも
23歳  大砲一番隊柴謙助探偵付属  4月6日、下野/家中村で戦死  一乗院
柴謙助25歳 太一郎の弟 大砲士中一番日向隊 4月6日、下野/家中村で戦死
  一乗院   恵倫寺
矢島七之助29歳 大砲士中一番日向隊 4月6日、下野/家中村で戦死  六道口
西郷永四郎説近18歳 頼母の弟 朱雀士中二番田中隊 4月18日、下野/小佐越で負傷し
  日新館病院で死去  滝の上
高橋伴治    4月19日、戦死
秋山虎四郎 27歳  吉左衛門の伜 純義隊小池隊  4月20日、下総/岩井で戦死
斎藤友記21歳 幸之助の次男 純義隊指図役
中川泰助21歳 医師/左京の伜 純義隊
佐藤健四郎    朱雀足軽二番桜井隊小隊頭  4月21日、下野/今市で戦死
佐藤綱治22歳 朱雀足軽二番桜井隊
斎藤藤吾18歳 八弥の伜 朱雀足軽二番桜井隊 4月21日、下野/今市で戦死
森川仙之助24歳 朱雀足軽二番桜井隊 4月21日、下野/今市で負傷し若松で死去
米澤昌平29歳 大鳥圭介軍付参謀 4月22日(23日とも)、下野/安塚で戦死
片岡範三郎17歳 親に貰うた腕脛を 御国の為に尽す此時 会津若松藩士 片岡範三郎 年十七才 4月23日、下野/安塚で戦死
伊与田留蔵 36歳  図書の弟 大砲士中一番日向隊  4月23日、宇都宮で戦死

  六道口
武田庫郎23歳 大砲寄合一番日向隊
神山盛蔵22歳 勘太夫の弟 大砲士中一番日向隊
齋藤庄馬22歳 庄吾の弟 大砲士中一番日向隊
桜井直太郎28歳 大砲士中一番日向隊
横山定五郎28歳 定次郎の伜 大砲士中一番日向隊
井関喜一郎  砲兵一番日向隊
野崎友之進30歳 足軽
五十嵐関四郎 24歳  一の次男 大砲一番日向隊寄合組
柿沢勇記36歳 大鳥圭介軍伝習第二大隊参謀 4月23日、下野/壬生で負傷し日光で死去
  真龍寺 観音寺 六道口
相馬孫市28歳 直登の伜 日向隊付き諸生組頭 4月23日、宇都宮城下で戦死
  六道口  天寧寺
小花和重太郎29歳 幕府歩兵第七連隊の指図役頭取
 会津藩と行動を共にし、実質的な会津藩士
 4月24日、宇都宮付近の戦いで戦死
  浄光寺
佐藤栄蔵40歳 足軽 4月24日、越後/島崎で戦死
望月武四郎22歳 新兵衛の3男 遊撃井深隊 4月24日、小出島で負傷し自刃   小出
片桐八郎28歳 喜八の弟 遊撃遠山隊 4月25日、磐城/白河で負傷し若松で死去
鈴木信吾   4月26日、戦死
尾崎清吾40歳 石方職人 4月、負傷し後に大内で死去
山本運吉39歳 雄之助の弟 青龍寄合一番木村隊 4月、岩代/二本松二々渡橋で戦死
渡部辰太郎28歳  4月、下野/今市で戦死

 閏4月

一牛八祖吉 37歳  中間  閏4月15日、五十里越で戦死
井上佐久馬32歳 伊祖治の父 朱雀足軽二番桜井隊 閏4月17日、下野/大桑村で戦死
  長念寺  殉難碑 
浮洲源四郎31歳 甚助の弟 朱雀士中二番田中隊 閏4月18日、下野/大原で戦死  殉難碑
小沼雄八27歳 山内大学の家来 閏4月18日、小出島で負傷し宮下で死去
  大塩   小出
黒河内重次郎32歳 朱雀士中二番田中隊 閏4月18日、下野/大原で戦死  殉難碑
黒河内直衛34歳 保衛の弟 朱雀士中二番田中隊 閏4月19日、下野/柄倉村で戦死  殉難碑
渡部留助  会義隊野田隊 閏4月20日、磐城/白河田町で戦死
家坂熊三郎19歳 力之進の弟
 朱雀足軽二番桜井隊免許
 閏4月21日、下野/今市で戦死
浮州七郎31歳 庄之助の弟 大鳥圭介軍参謀 閏4月21日、下野/今市で戦死  大窪山
香川豊吉 20歳  朱雀足軽二番桜井隊  閏4月21日、下野/今市で戦死
吉川熊吉19歳 朱雀足軽二番桜井隊
佐藤熊三郎28歳 朱雀足軽二番桜井隊
武田忠左衛門  朱雀足軽二番桜井隊
星悦太郎22歳 惣助の伜 朱雀足軽二番桜井隊
小桧山包四郎26歳 鉄蔵の伜 町野隊付 閏4月23日、越後/三国峠で負傷し
  小千谷で死去  慈眼寺  小出
白岩治兵衛52歳 清次郎の父
 遊撃遠山隊差図役秋山清八組
 閏4月23日、白河/白坂口関門で戦死
渡部須賀蔵  遊撃遠山隊足軽 閏4月23日、磐城/白河で戦死
有賀勝平 29歳  衛士の叔父 遊撃遠山隊指図役  閏4月24日、磐城/白河で戦死
沢山豊吉  遊撃遠山隊 足軽
湯浅六弥21歳 牧五郎の弟 遊撃井深隊 閏4月24日、越後/三国峠で戦死  小出
好川龍之助21歳 弥一右衛門の伜 遊撃井深隊 閏4月24日、越後/三国峠で戦死 小出 東明寺
浅岡武兵衛 54歳  青龍士中一番鈴木隊大砲世話役  閏4月25日、磐城/白河で戦死
岡部源治31歳 遠山隊勢至堂上番
国府(こうの)辰次郎37歳 源十郎の弟 義集隊小隊頭 閏4月25日、磐城/白河で戦死  大龍寺
笹沼金六32歳 遊撃遠山隊差図役 閏4月25日、磐城/白河で戦死   常宣寺
中野半三郎25歳 理八郎の伜 遊撃遠山隊小隊頭 閏4月25日、磐城/白河で戦死
  常宣寺   大窪山
三坂喜代之助22歳 一郎右衛門の次男 会義隊野田隊 閏4月25日、磐城/白河で戦死   常宣寺
三浦勝之助 40歳  遊撃遠山隊足軽  閏4月25日、磐城/白河で戦死
山内藤治31歳 遊撃遠山隊 足軽
三澤(三村)留吉35歳 遊撃遠山隊 足軽 閏4月25日、磐城/白河で戦死   東明寺
石川丈八58歳 遊撃遠山隊 閏4月25日、磐城で負傷し5月に死去
鈴木駒之助 45歳  丈八の伜 青龍寄合一番木村隊  閏4月26日、磐城/白坂で戦死
鈴木新吾42歳 青龍寄合一番木村隊
古川深次郎24歳 深蔵の伜 町野隊 閏4月26日、越後/三国峠で戦死   小出
町野久吉16歳 主水(源之助)の弟 白虎隊 閏4月26日 (24日とも)、越後/三国峠で戦死
  融通寺   新治村   小出
郡内半五郎
(範五郎)
46歳 名倉新兵衛の弟 遊撃井深隊  閏4月27日、小出島で戦死

  小出
佐藤源左衛門55歳 割元
須佐留四郎42歳 山内大学の家来
沢田伝吉29歳 伝右衛門の伜 遊撃井深隊
松尾延蔵29歳  延之助の父 遊撃井深隊
渡部源次郎  源蔵の伜 遊撃井深隊
沢井房之丞  遊撃井深隊 閏4月27日、小出島で戦死
橋本豊治23歳 忠蔵の伜 遊撃井深隊 閏4月27日、小出島で負傷し若松で死去
樋口常作20歳 作左衛門の伜 遊撃井深隊 閏4月27日に小出島で負傷し
  5月1日に青島で自刃  大塚墓地  小出
黒河内孫吉      閏4月29日、下野/大桑で戦死
黒沢伝吉30歳 
佐藤虎之助 18歳    閏4月、下野/今市付近で戦死
片武三郎  
森仙助  
樋口又左衛門  青龍士中一番鈴木隊小隊頭 閏4月、磐城/白河で戦死

参考文献 ; 幕末維新全殉難者名鑑など  .
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