戊  辰  の  役  /  殉  難  者

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慶応4(1868)年 8月23日 その2

≪ 婦 女 子 の 殉 難 ≫

 敵兵の恥辱は決して選ばないとの考えがあり、状況は風雲急を告げた。
 小出島での戦死者の肉を食したり、下野/黒羽や岩城/白河での一般人への虐殺など、
の残虐ぶりは伝わっていた。

 最後の砦/十六橋が破られるの報を聞くや、多くの婦女子が教えに則り非業の死をとげた。
 生きようとした婦女子も、多くは虐殺された。
 名前が判明している婦女子233名が刻まれた「なよ竹の碑」は、善龍寺にある。
 霊を弔う「会津藩殉難烈婦の碑」は、飯盛山にある。
 これだけの数の婦女子が、各々の個人の判断で、一糸乱れず殉じた。
 事に及んでも精神の強さを貫き通した例など、過去にあっただろうか。
 [地図/婦女子自刃の主な邸宅]

<婦女子と一緒に殉じた武士(もののふ)も併記> .
有賀ヒデ 27歳  惣左衛門の妻  諏方社の和田忠ノ助門内で自刃
有賀ウラ1歳 惣左衛門の娘
安藤フサ47歳 物集馬の姉 多賀谷勝之進邸で自刃
井上丘隅 54歳  幼少隊寄合組中隊頭  甲賀町の自邸で自刃  建福寺
 阿弥陀寺/戦士墓に合葬
井上トメ52歳 丘隅の妻
井上チカ31歳 丘隅の長女
井上ユミ31歳 丘隅の3女
臼木サダ45歳 理兵衛の叔母  (母とも) 甲賀町の井上丘隅邸で自刃
石川八重子    石川又右衛門の妻  院内で自刃  澄月寺
石川ヤヘ59歳  槻木町の自邸で自刃
猪股与吉の母   湯本道で戦死
石山げん63歳 石川か? 源之助の母 四ノ丁下土手の上で死
遠藤元之助の妻 34歳    南堅町の自邸で自刃
遠藤元次郎7歳 元之助の次男
遠藤元之助の長女14歳 
遠藤元之助の次女3歳 
太田貞蔵の母53歳  避難の途上で自刃
大竹勝左衛門 30歳  青龍足軽三番隊小隊小頭  勝左衛門が磐城/棚倉で負傷し療養中、
  遅れたため入城できず、
  日新館病院に入り、家族と自刃
大竹イク26歳 勝左衛門の妻
大竹儀助6歳 勝左衛門の長男
大竹ヤエ35歳 勝左衛門の姉
岡田キノ35歳 又五郎の妻 自邸で自刃
岡本丈助 48歳  与力年割  台之町の自邸で自刃
岡本ユウ40歳 丈助の妻
岡本ヨシ14歳 丈助の娘
岡本友彦10歳 丈助の次男
小沢ツヤ 70歳  八弥の母  自邸で子女と自刃
小沢スミ10歳 八弥の長女
小沢マサ6歳 八弥の次女
小沢直五郎3歳 八弥の3男
小山田多門 80歳  大学の祖父  五ノ丁の自邸で自刃
小山田シン68歳 大学の祖母
小山田ナミ45歳 大学の母
小山田ミネ30歳 大学の姉
 
垣見弥平太 77歳  幾五郎の父  願成就寺前の自邸で自刃
垣見ひさ64歳 弥平太の妻
上遠野(かどおの)常五郎の妻   三ノ丁の自邸で自刃
河原キク 68歳  善左衛門の母  石塚観音で自刃
河原クニ9歳 善左衛門の娘
木村兵庫 39歳  青龍寄合一番隊中隊頭  (兵庫は磐城/棚倉で負傷し療養中)

 自邸にて自刃。

  法華寺
木村幸蔵68歳 兵庫の実父
木村ナミ59歳 兵庫の実母
木村カヨ32歳 兵庫の妻
木村スカ8歳 兵庫の娘
木村エン6歳 兵庫の娘
木村忠右衛門60歳 兵庫の養父
木村ナヲ50歳 兵庫の養母
木村コト25歳 兵庫の義妹
熊谷治兵衛 50歳  兵糧方  用屋敷裏門前で戦死
熊谷多蔵75歳 治兵衛の父 照姫用役物書
熊谷長助 13歳  治兵衛の長男  用屋敷裏門前で自刃
熊谷三郎  治兵衛の3男
熊谷熊之助8歳 治兵衛の4男
熊谷リヨ46歳 治兵衛の妻 用屋敷裏門前で負傷し城内で死
 
西郷律子 58歳  頼母の母  西郷頼母邸で自刃。

  善龍寺

  なよ竹の碑
西郷千重子34歳 頼母の妻
西郷眉寿子26歳 頼母の妹
西郷由布子23歳 頼母の妹
西郷細布子6歳 頼母の長女
西郷瀑布子13歳 頼母の次女
西郷田鶴子9歳 頼母の3女
西郷常盤子4歳 頼母の4女
西郷季子2歳 頼母の5女
小森ヒデ77歳 頼母の親戚 駿馬の祖母
小森ミワ24歳 駿馬の妻
小森千代吉5歳 駿馬の伜
小森ツネ10歳 駿馬の妹
小森ミツ2歳 駿馬の妹
町田伝八61歳 頼母の親戚 軍事奉行
町田ふさ子59歳 伝八の妻
町田浦路65歳 伝八の姉
浅井たつ子24歳 頼母の遠縁(支族) 信次郎の妻
浅井彦2歳 信次郎の長男
西郷鉄之助67歳 頼母の再従弟
西郷きく子59歳 鉄之助の妻
西郷いは子 51歳  刑部の母  西郷勇左衛門邸で自刃

  泉福寺
西郷糸子27歳 刑部の妻
西郷すが子19歳 刑部の妹
西郷かね子6歳 刑部の娘
西郷敬一郎2歳 刑部の倅
北原きよ63歳 家老/采女光美の母
芥川トエ51歳 十蔵の妻
芥川民弥の妻  
芥川十蔵の姉  
西郷なほ子 60歳  寧太郎の祖母  諏方社で自刃
西郷みね子44歳 寧太郎の母
西郷やほ子16歳 寧太郎の妻
西郷うら子21歳 寧太郎の姉
坂井カネ50歳 土屋鉄之助の姉 蟹川渡場で死
桜井常四郎 46歳  弥一右衛門の叔父  撤退の命を受け、舟石の上で自刃
 夫の死を悟り、自邸で自刃
桜井たみ子  常四郎の妻
桜井武兵衛 70歳  弥一右衛門分限  桜井弥一右衛門邸で自刃
桜井すゑ  武兵衛の妻
佐藤五左衛門の妻    横田クヱの娘  死去  浄光寺
柴ツネ 80歳  太一郎の祖母  太一郎の家族は二之丁の自邸で自刃
 太助の家族は本三之丁の自邸で自刃
  恵倫寺
柴フワチ50歳 太一郎の母
柴トク20歳 太一郎の妻
柴素衣19歳 太一郎の妹
 土屋敬治の妻
柴サツ7歳 太一郎の妹
柴シヲ46歳 太助の母
柴ヒサ19歳 太助の妻
柴ツネ2歳 太助の妹
柴兵部30歳 太助の叔父
島田覚四郎の娘40歳  自邸で自刃
庄司コト19歳 勇助の妻 甲賀町通で自刃
東海林ふさ子51歳 勇吉の母 追手町で負傷し、10月に幕内で死
鈴木さの58歳 式部の祖母 小松渡場で自刃
諏訪いし子28歳 武之助の妻 中沢志津馬宅で自刃
相馬トイ40歳 直登の妹 米代三之丁の自邸で自刃
 
高橋喜助の嫁    白河で戦死の高橋喜助とは無縁  飯寺河原で母娘ともに銃撃され死去
高橋喜助の娘7歳 
高橋茂三郎の妻   蟹川渡場で死
高木竹之助 18歳  豊次郎の弟 (戦いで負傷し療養中)  本一之丁の自邸で自刃
高木ステ32歳 豊次郎の妻
高木ヌイ53歳 豊次郎の母
高木シン13歳 豊次郎の長女
高木ハツ2歳 豊次郎の次女
高木直衛の姪      本二之丁で死
高木房之進の姉22歳 
高木ルイ 48歳  助三郎の妻  諏方社で自刃 (邸は本一之丁)
高木ヤイ21歳 助三郎の倅/友之進の妻
高木ハマ3歳 助三郎の孫娘
高木某14歳 高木次郎の妹
高畑みつ52歳 徳三郎の母 六日町の自邸前で銃撃され死去
多賀谷マキ    勝之進の祖母  本二之丁の自邸にて自刃。

  大窪山
多賀谷シゲ  勝之進の母
多賀谷ヤス  勝之進の叔母
多賀谷キイ  勝之進の叔母
多賀谷リセ  勝之進の叔母
多賀谷政五郎12歳 勝之進の弟
多賀谷五七郎7歳 勝之進の弟
竹本ツヤ 57歳  鴨夢の妻 登の母  半兵衛町の下屋敷で自刃
竹本トキ28歳 登の妻
竹本マサ37歳 登の姉 鴨夢の娘
田村チヨ46歳 左次郎の妻 本一之丁割場内で自刃
 
永井左京 35歳  青龍隊士中三番木本隊小隊頭  本二之丁の自邸にて自刃
  大龍寺
永井ツル62歳 左京の母
永井スミ30歳 左京の妻
永井フヂ14歳 左京の娘
永井英記11歳 左京の次男
永井[某]8歳 左京の3男
永井ヤエ38歳 左京の姉
中沢てる子 60歳  志津馬の祖母  本一之丁の自邸で自刃
中沢きせ子45歳 志津馬の母
中沢すて子21歳 志津馬の妻
中沢茂彦2歳 志津馬の倅
中沢[某女]  志津馬の妹
中野大次郎 72歳  慎之丞の父  本一之丁の自邸で自刃
中野ヤオ67歳 大次郎の妻
中野ヤス34歳 慎之丞の妻 永岡久茂の姉
中野シン15歳 慎之丞の長女
中野省吾11歳 慎之丞の次男
中野ミツ9歳 慎之丞の次女
中野タケ6歳 慎之丞の3女
西村伴蔵    文次郎の父  若松の自邸で自刃
西村伴蔵の母  
西村伴蔵の妻  
蜷川貞介 (貞助)      若松の自邸で銃撃され死去
     実成寺
蜷川貞介の母  
二瓶陶五郎の母   小田町の自邸で自刃
沼沢道子 52歳  九郎兵衛の妻 小八郎の母  甲賀町の自邸にて自刃。

     大龍寺
沼沢貞子86歳
(82歳)
 小八郎の祖母
沼沢ゆや子27歳 小八郎の姉
沼沢すが子23歳 小八郎の姉
鈴木勝之丞 52歳  沼沢出雲の家来  甲賀町の主家/沼沢邸前で戦死 大龍寺
内川源吾30歳
野中此右衛門 51歳  独礼 武具方 (邸宅は千石町)  此右衛門は妻子を介錯し、家に火を放ち
  病身にも拘わらず、門前に這い出て、
  敵兵を待ち構え、小銃で迎撃し、
  弾を撃ち尽くして自刃した。
  「吾は会津藩士野中此右衛門なるぞ」  の大声を残しての最後だった。
野中此右衛門の妻38歳 
野中此右衛門の長女26歳 
野中此右衛門の次女19歳 
野中此右衛門の5女10歳 
野中六郎8歳 此右衛門の長男
野中此右衛門の6女5歳 
野村勝之助の祖母   堤沢 (塩沢とも) で死
 
樋口キヨ  多司馬の妻 友衛の母 花畑の自邸で自刃
樋口久馬の祖母   城内で死
一柳(ひとつやなぎ)伊右衛門の母74歳  多賀谷勝之進邸で同家家族と自刃
日向(ひなた)たか子63歳 新三郎の大伯母 左衛門の伯母  米代三之丁の自邸で自刃
日向(ひなた)信之丞の妻    信之助とも  石塚観音で自刃
日向(ひなた)信之丞の娘  
深田金八の母      蟹川渡場で被弾し死去
深田つね33歳 深田保弘の母
 
三宅武太郎の祖母    弘真院で自刃
武川(むかわ)小四郎 82歳  頭軒の大叔父 小助の叔父  小田垣の自邸で自刃
武川(むかわ)小助の母  
守屋とり50歳 守屋岡右衛門の妻 博労町の自邸で自刃
 
山崎サヨ48歳  大手前で銃撃され、翌日に城内で死去
山田信蔵の祖母90余歳  桂林寺町通(手明町とも)で銃撃され死去
吉村きの19歳 左次右衛門の嫁 鳥居町の自邸前で被弾死
 
若森ミワ60歳 源蔵の伯母 米代四之丁の自邸で自刃
和田ミワ 41歳  甚吾(義質)の継母 赤羽内巧の長女  本三之丁の自邸にて自刃
    大窪山
和田ナカ20歳 甚吾の妻 入江庄兵衛の長女
和田コマ3歳 甚吾の長女
渡部綱英の妻   死  大龍寺
渡部十郎    重助の孫  蟹川渡場で死去
渡部琴  重助の娘
渡部[某女]  重助の孫娘



 《補》8月23日以外の殉難

君島ろく 51歳  郡内の妻 猪苗代詰足軽  8月22日、猪苗代放棄を知り若松自邸で自刃
斎藤のぶ64歳 甚左衛門の妻 8月24日、小田村で虐殺
   青山霊園 (墓は23日)
相馬直登の娘  孫市の妹 8月25日、大曲村で被弾死
三浦重八の母   8月25日、荒久田で死
野村監物78歳   8月25日、城内で自刃
野村監物の妻   
梁瀬キチ30歳  辰之助の妻 8月25日、城内で死去
神保雪子23歳 修理の妻 8月25日、柳橋で戦死  建福寺
中野竹子22歳 平内の長女 赤岡大助の養女 8月25日、柳橋で戦死 法界寺 終焉地
伊与田勇治の妻   8月29日、若松で死
赤羽幸之進の祖母   8月、飯寺村で自刃
赤羽祖助の母   8月、小田村で自刃
井沢豊蔵の母   8月、大川河原で自刃
内田つや   8月、城下で自刃
神田小一右衛門の母   8月、高瀬で自刃
鈴木辰吉の祖母  辰吉郎か? 8月、甲賀町で死
中島えつ54歳 忠次郎の母 御用屋敷門前で負傷し、
   同月中に中軽沢で死去
林源輔の妻   8月、堤沢で死
林さだ2歳 権助の孫 8月、城内で死
佐藤富太郎の母      8月 (9月とも)、飯寺で死
佐藤富太郎の娘  
河村季四郎   河村謙益の幼子  8月 (9月とも)、城下で行方不明
    墓地
 子を見失い、10月6日に申し訳ないと自殺
河村謙益の妻  
籾山重之進の母   8月 (9月とも)、岩崎村で死
小松重兵衛の妻   8月 (9月とも)、塩川で自刃
簗瀬(やなせ)とめ32歳 豊之進の妻/高知氏 8月 (9月とも)、小田垣で戦死
矢野善八の母   8月 (9月とも)、旗町で死
雪下サタ36歳 熊蔵の妻 豊治・熊之助の母  8月 (9月とも)、鶴ヶ城で死
雪下豊治 14歳  熊蔵の次男 熊之助の兄
阿部左衛門の娘   城下で負傷し御山病院で死去
原五郎の母      8月 (9月とも)、若松で戦死・虐殺
 原五郎の母並びに姉妹三人は白装束と為り長刀を振て敵中へ斬り入り終に姉は討死せしも数多の敵を切る 是れ誠に天下の英婦〜
原五郎の姉  
原五郎の妹  
遠藤とく      8月 (9月とも)、若松で死
大石弥五右衛門の母  
黒沢逸右衛門の妻  
高橋誠八の母  
千葉権助の娘  
中沢善次郎の妻  
松野久吉の家族   8月 (9月とも)、家族全員が死
束原助三郎の祖母      8月 (9月とも)、会津で死
雪下左次郎の母  
山際なみ70歳 永吾の叔母 9月1日、城内で自刃
諏訪ツヤ23歳 数馬の妻 9月3日、城内で死
和田カツ65歳 大助の母 9月4日、大沼郡赤留で虐殺
南摩勝子 42歳  弥三右衛門の母  9月7日、勝方村の山中で死
  天寧寺  事件現場
南摩寿8歳 弥三右衛門の弟
南摩辛4歳 弥三右衛門の弟
町野キト 47歳  主水の母  9月7日、勝方村の山中で死
  融通寺  事件現場
町野ヤヨ24歳 主水の妻
町野ナオ7歳 主水の娘
町野源太郎3歳 主水の伜
町野フサ31歳 主水の姉
内田タケ20歳 藤八の妻 9月10日、鶴ヶ城で死
城取やい43歳 新九郎の妹 9月13日、城内で被弾死  束原
山本ウン68歳 丈八の母 9月13日、谷ヶ地で死
小出とみ53歳 彦右衛門の妻  9月14日、城内時計の間で被弾死
高木なを53歳 三平重言の妻    南台寺
大河原源八の娘9歳 
芳賀(はが)いね5歳 市左衛門の娘 9月14日、城内で被弾し、22日に死去
三村マチ 30歳  豊次郎の妻  9月14日、城内で死
三村太郎3歳 豊次郎の伜
山川トセ19歳 家老/大蔵の妻 9月14日、城内の照姫居室で被弾し自害
内藤可隠 67歳  介右衛門の父  9月17日、泰雲寺で自刃  泰雲寺
内藤モト58歳 介右衛門の母
内藤フサ23歳 介右衛門の妻
内藤英馬3歳 介右衛門の長男
内藤ヒデ6歳 介右衛門の娘
内藤トク19歳 介右衛門の妹
内藤ツグ17歳 介右衛門の妹
内藤セイ  介右衛門の伯母
内藤ジュウ23歳 介右衛門の姪
上田伊閑 61歳  八郎右衛門の父  9月17日、泰雲寺で自刃  泰雲寺
上田ナオ58歳 八郎右衛門の母
上田チエ9歳 八郎右衛門の娘
上田ミネ56歳 八郎右衛門の叔母 伊閑の妹
上田ジュン30歳 八郎右衛門の妹
武川(むかわ)俊六の姉   9月17日、泰雲寺で自刃
小原ヒデ9歳 の長女 9月18日、城内長局で死去
小原ユキ 52歳  の祖母  9月19日、城内長局で自刃
小原シゲ47歳 の義母
小原トミ15歳 の叔母
角田きや 61歳  助次郎の母  9月19日、城内で被弾死
角田きよ38歳 助次郎の妻
有泉千代80歳 寿彦の母 9月22日、二ノ丸で被弾死
武川(むかわ)ナホ84歳 頭軒の祖母 9月22日、城内で死
鈴木いち46歳 八郎の妻 9月27日、河沼郡東原で自刃
小池チヨ61歳 藤之進の伯母 9月、城内で負傷し御山病院で死去
服部常太郎の娘   9月、城内で被弾戦死
今村幸之助の母   9月、一ノ堰で死
間瀬岩五郎の妹 19歳    10月6日、御山で死
間瀬ユウ  
杉田みわ55歳 兵庫の叔母 慶応4(868)年秋、自刃
杉田薫治3歳 兵庫の倅
和田勇蔵の妻   慶応4(868)年秋、若松で死
和田鉄之助の母   慶応4(868)年秋、会津で死
小原藤五郎の妻   慶応4(868)年、城内で被弾死
阿部左衛門の娘   慶応4(868)年、御山で死去
(ばん) 常四郎の妻   慶応4(868)年、会津で死
三宅小左衛門の妻   慶応4(868)年、死

   運よく生き残った家族たちは、地獄のような日々を過ごすことになる。
 長賊らは、侵略するや、
 「若し会津藩に縁故の者を泊むる時は一族従類まで註すべし」
の命令を城下のみならず村々に至るまで布告した。
 長賊らが、略奪、暴行、虐殺、強姦など悪逆非道の限りを尽くすことを誰もが知ったので、村人は藩士の家族だというだけで身の毛を立てて震え上がる始末、泊めるどころか関わりすら拒絶する有様であった。
 身なりを町民の姿に着がえ、名を変え、苦労に苦労を重ねての苦難な避難・逃亡を続けるしかなかった。
 
参考文献 ; 幕末維新全殉難者名鑑など  .
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