会 津 若 松 市 の 見 ど こ ろ

[戻る]  [TOP]  [行く]  [遊ぶ]  [知る]    [メニュー]  [北会津周辺]
城内  城周辺 /門田  旧市街 /大町 /日新 /馬場  飯盛山  東山  神指  河東  大戸

名 刹 と 神 社 (北会津周辺)

監修 : 梅津咸一 氏     .

観音寺 (舘観音)

第十三番 舘観音

 福聚山/小舘院司、真言宗智山派。
 会津三十三観音の第十三番札所

 ▲(会津若松市北会津町舘)

熊野神社 <下荒井>

熊野神社 <下荒井>

 通称、三所宮(さんじょのみや)と呼ばれている。
 元徳元(1329)年、監物祐義が下荒井城を築いた際に、前領地にあった熊野神社をこの地の八幡宮を合祀し三の丸に奉遷。
 祭神は、伊弉冉命(いざなみのみこと)泉津事解男命(よもつことさかおのみこと)
 応安元/正平23(1368)年、この地に再建。
三幹の杉  貞治元/正平17(1362)年との説も。

 その時に植栽されたと伝えられる樹齢600年の「三幹の杉」がある。
 名前の由来は、同一の根元から3つに分かれていることから。
 各々の幹周りが3〜4メートルほどあり、御神木となっている。
 寛文7(1667)年、服部安休が現在の神社にする。

 ▲(会津若松市北会津町下荒井の南)
   ・例大祭 9月1日

常徳寺

常徳寺

 草創など詳細不詳だが、元久元(1204)年に蘆名氏の家臣/松本源兵衛が開創するも、蘆名氏滅亡により廃寺。
 承応3(1654)年に恵倫寺6世/萬国章呑が再興したとされる。
 東陽山、曹洞宗。
 本尊は、木造/阿弥陀如来座像 (52cm)。
 恵倫寺の末寺。
 初期の本郷白磁器/花瓶を所蔵。
 戊辰の役で、山川大蔵隊が彼岸獅子に扮して敵中を突破した縁の寺でもある。

 ▲(会津若松市北会津町小松889 Tel. 0242-56-2768)

千葉寺 (せんようじ)

千葉寺

 嘉吉2(1442)年、平家一門である千葉大輔時胤が、一族の菩提を弔うために創建し、隆誉上人が開山。
 求法山、真言宗室生寺派。 本尊は大日如来。
 天文年間(1532〜1554)、僧/宥澄が中興。
 昭和57(1982)年、山門を改築。

 ▲(会津若松市北会津町中荒井2080 Tel. 0242-58-2567)

八幡神社 <北会津>

八幡神社 <北会津>

 宮ノ下八幡宮とも呼ばれる。
 弘仁元(810)年、鎮守として奉祀。
 祭神は、品陀和気命(ほんだわけのみこと)息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)
 武神とされ、葦名氏に庇護される。
 猪苗代兼載の軸物1幅を所蔵とのこと。
 「老いぬけば 松はみどりぞ まさりける
       我が黒髪の 雪の寒さよ

 ▲(会津若松市北会津町宮ノ下)

宝光院

宝光院 宝光院

 明応4(1495)年、開基。
 荒伝山、真言宗豊山派。
 境内に「のろいの木」と呼ばれる御神木のモミの大木がある。
 殉難者墓あり
 ▲(会津若松市北会津町蟹川1156)

宝寿院 (ほうじゅいん)

宝寿院

 正式名は、御命山宝寿院安正寺。
 元徳元(1329)年、草創。 貞冶元(1362)年とも。
 御命山、真言宗豊山派。 本尊は地蔵菩薩。
 享保年間(1716〜1744)、法院亮鋭和尚が中興開山。
 現在は、廃寺になった蓮華寺の末寺10数寺 (会津十二薬師の田子薬師如来/常福院など) を管轄している。
元蓮華寺須弥壇  蓮華寺にあった大般若経六百巻や須弥壇などを継承していると聞くが、確認はしていない。
 殉難者墓あり
 ▲(会津若松市北会津町下荒井16)

養泉院 (田村山観音、田村観音)

第十二番 田村山観音

 創建など詳細不詳。
 天正17(1589)年、伊達政宗公が会津侵攻の時に焼き払ったため、僧/宥覚が蓮華寺環内から現在地に移す。
 福聚山、真言宗豊山派。
 本尊は、聖観世音。
 会津三十三観音の第十二番札所
 同じ境内に、住吉神社もある。

景勝清水

≪産清水 (うばしみず、景勝清水)≫
 古来より、産清水と呼んでいた湧水。
 慶長4(1599)年、鷹狩りの際に上杉景勝公が、美味しいと賞賛した。 その後、「景勝清水」と呼ぶようになった。
 今なお、こんこんと湧き出ている。

 ▲(会津若松市北会津町田村山266)

両堂不動尊は、こちら。

[戻る]  [TOP]  [行く]  [遊ぶ]  [知る]    [メニュー]  [北会津周辺]
城内  城周辺 /門田  旧市街 /大町 /日新 /馬場  飯盛山  東山  神指  河東  大戸