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ご   縁   の   あ   る   地

 多くの人々との 「ご縁」 の中で、人は同じ時代を生きている。
 時の流れである歴史の中でも、様々な人々と網目のような 「ご縁」 がある。
 きっと、あなたも、会津と 「ご縁」 があるはず。

埼 玉 県 と の“ご 縁”


 秩父市  秩父宮勢津子妃殿下の嫁ぎ先 (藩主/松平容保の4男の長女)
 会津で開業した幸楽苑 (秩父店)

 さいたま市  見性院の墓所 (清泰寺武田信玄の娘で藩主/保科正之の養母、墓は非公開)
 正之の生母/於静が無事出産の祈願文を納めた氷川神社
 南会津町と姉妹都市提携、友好都市提携
  ・旧/南郷村と旧/浦和市が姉妹都市提携 (昭和50年11月4日締結)
  ・旧/舘岩村と旧/大宮市が友好都市提携 (昭和57年10月23日締結)
 藩士/黒河内良が南埼玉郡の郡長として就任
 会津若松市と連携協定 (平成30年7月14日締結)
 会津で開業した幸楽苑
  (東浦和店、指扇店、浦和領家店、大宮本郷店、さいたま大戸店、浦和円正寺店)
 「会津」を冠する店や企業がある
 (会津喜多方ラーメン小法師 、会津ラーメン赤べこ居酒屋会津会津屋工務店)

 川越市  会津出身の天海大僧正が無量寿寺北院(第27世)を再興し、喜多院と改称する
 廟所の慈眼堂がある (国の重要文化財)
 建立を推進した東照宮の1つ/仙波東照宮がある
 天海大僧正が正遷宮導師を挙行した江戸城東照宮の遺構が移築 (川越氷川神社)
 天海大僧正が三芳野神社再興の遷宮式導師を挙行 (寛永2(1625)年)
 天海大僧正が立寄り語り、存応と論じた蓮馨寺がある
 幕末の江戸湾を共に警備 (川越藩)
 藩主/松平喜徳の兄の川越藩主/松平直侯の墓 (喜多院)
 鶴ヶ城と同じく日本100名城の1つ 「川越城」 がある
 会津で開業した幸楽苑 (川越木野目店)
 「会津」を冠する店や企業がある (会津管工、会津ビルコム)

 羽生市  金山町と友好都市提携 (昭和57年締結)
 会津で開業した幸楽苑 (羽生店)

 鴻巣市  金山町と友好都市提携 (旧/吹上町、平成7年締結)
 「会津」を冠する店や企業がある (会津工業所)

 草加市  昭和村と友好交流都市提携 (昭和60年5月30日宣言)
 会津で開業した幸楽苑 (草加店)

 行田市  天海大僧正が導いて保科正之の祖父/家康の遺骸を日光遷座の際に宿泊の忍城
 藩主/保科正容の正室/竹姫の出身地 (忍藩主/阿部豊後守正武の娘)
 藩主/松平容頌の正室/阿部正允の娘の出身地 (忍藩)
 幕末の江戸湾を共に警備 (忍藩)
 戊辰の役では、武士道を貫き東軍に与する (忍藩)

 所沢市  藩主/松平正容が奉献した石灯籠二基 ( 狭山山不動寺 に移設)
 会津で開業した幸楽苑 (所沢美原店)
 「会津」を冠する店や企業がある (会津工業)

 北本市  会津坂下町と姉妹都市提携 (平成3年締結)
 会津で開業した幸楽苑 (北本店)
 「会津」を冠する店や企業がある (会津っこ)

 越谷市  佐原義連の妹が正室の畠山重能の墓 (畠山重忠公史跡公園)
 会津産の蕎麦を提供している いしいのそば 越谷分店 がある

 皆野町  佐原義連の妹が正室の平重能の墓 (円福寺)

 上里町  藩士/畑能賢 (子/畑英太郎畑俊六) の遠祖/畑時能の供養祠 (陽雲寺)
 会津で開業した幸楽苑 (イオンタウン上里店)

 寄居町  鶴ヶ城と同じく日本100名城の1つ 「鉢形城」 がある

 久喜市  会津で開業した幸楽苑 (フォレオ菖蒲店)
 「会津」を冠する店や企業がある (奥会津/そば)

 春日部市  会津で開業した幸楽苑 (武里店)
 「会津」を冠する店や企業がある ( 会津ラーメン和)

 川口市  会津で開業した幸楽苑 (鳩ヶ谷里店、川口上青木店)
 「会津」を冠する店や企業がある
 (会津喜多方ラーメン小法師、会津建設)

 戸田市  会津で開業した幸楽苑 (戸田店)
 「会津」を冠する店や企業がある (会津屋酒店)

 八潮市  「会津」を冠する店や企業がある (居酒屋/会津、会津通商)

 鶴ヶ島市  会津で開業した幸楽苑 (鶴ヶ島店)
 「会津」を冠する店や企業がある (會津埼玉営業所)

 飯能市  会津で開業した幸楽苑 (飯能店)

 加須市  会津で開業した幸楽苑 (加須店)

 東松山市  会津で開業した幸楽苑 (東松山店)

 深谷市  会津で開業した幸楽苑 (深谷東方町店)

 和光市  会津で開業した幸楽苑 (和光新倉店)

 新座市  会津で開業した幸楽苑 (新座店、新座東店)

 富士見市  会津で開業した幸楽苑 (みずほ台店)

 三郷市  会津で開業した幸楽苑 (三郷中央店)

 蓮田市  会津で開業した幸楽苑 (蓮田店)

 ふじみ野市  会津で開業した幸楽苑 (ふじみ野店)

 杉戸町  会津で開業した幸楽苑 (杉戸店)

 滑川町  「会津」を冠する店や企業がある (そば/會津野 茂三郎)

『「会津」を冠する店や企業がある』は、駄洒落。


人気の観光スポット    構成する市町村


 埼玉県庁前 →(東北道、磐越道)→ 鶴ヶ城
   ・270Km
   ・3時間30分

  ◇ 一般道ルート
     埼玉県庁前 →(463号、4号、日光街道、会津西街道)→ 鶴ヶ城
      ・230Km
      ・6時間

  ◇ 公共交通機関
     浦和駅 →(京浜東北線、東北新幹線、磐越西線)→ 会津若松駅
      ・3時間弱



 戦国時代末から徳川による泰平の世が到来の短い間だけでも、会津藩主とのご縁ですら多くが重なり合っている [相関図]。 その後の江戸時代には、大名同士の輿入れ・養子縁組は多岐にわたり、ほとんどが親類縁者といわれている。
 藩主の娘の嫁ぎ先や、次男三男坊などの養子縁組には、当人だけでなく大勢のお伴を連れて行ったはず。 それらの人々も、その地で生涯をまっとうしたはず。
 様々な職人による技術などの交流には、師弟関係などの深い関係があったであろう。
 居住の地では、近所との交際も広がったであろう。
 菩提寺が一緒なら、 「ご縁」 は間違いなし ?!
 戊辰の役では長賊らによる卑劣な汚名により、全国に散った元/藩士たちが家族を養うために出身を隠せざるを得なかった。 菩提寺の過去帳を調べれば、曾祖父・曾祖母などの ご縁が判明するかも。
 昭和時代の高度成長期には、就職や転勤などで全国規模の交流が加速した。

きっと、あなたも、会津と 「ご縁」 があるはず。

 (補)
  ・江戸時代以前は、国府、藩庁、居城の地のみに記載。
   実際の「国、藩」の地は広域にわたっているので、各自勘案されたい。
  ・平成の大合併により多くの旧名が消え、新しい市町村名に記載。


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