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仙台城 (青葉城、五城楼)

 鶴ヶ城と同じ日本100名城 (8番) の1つ。
 慶長5(1601)年、伊達政宗が築城。
 奥羽越列藩同盟の盟主である仙台藩の居城。
 明治4(1871)年、廃城。
 昭和39(1964)年、復元作業が開始。
 平成15(2003)年、国の史跡に指定。
仙台城の石垣 荒城の月の碑  本丸の地名が仙台7崎の1つ/青葉ヶ崎であることから青葉城と呼ばれる、
 鶴ヶ城と同じく荒城の月の碑がある。


初代/伊達政宗騎馬像

 仙台城にある伊達政宗騎馬像は2代目で、初代は太平洋戦争時に供出されたが、肩から上は説かされずに済んで仙台市博物館の裏に設置されている。
仙台市博物館  政宗の遺言により、いずれの像も両目は開いている。
 作/小室達 (宮城県槻木村)。


 ▲(仙台市青葉区川内  青葉山公園)


有備館駅前の騎馬像

有備館駅の騎馬像

 仙台駅2階ンコースにあった像は、平成20(2008)年に駅改修のため陸羽東線/有備館駅の前広場に移設された。
 ▲(大崎市岩出山字上川原町9-1)


伊達政宗平和像

 岩出山城にも、コンクリート製の像がある。
 初め仙台城に設置されたが不評により、新たに現在の像が鋳造されたため、この地に移設された。
≪岩出山城≫
 応永年間(1394年〜1428年)、氏家直益が築城 (岩手沢城)。
 天正19(1591)年、伊達政宗が居城とし「岩出山城」と改称。
 慶長5(1601)年、12年間も居城としていた政宗が仙台城へ移り、政宗の4男/宗泰が引き継ぎ、幕末まで治める。
 明治元(1868)年、廃城。
 ▲(大崎市岩出山城山)

覚範寺

覚範寺

 寛永13(1636)年6月27日、 伊達政宗が江戸/外桜田屋敷で死去し、生母の眠る この地に仮埋葬された。
 翌年に霊廟「瑞鳳殿」が建立され、改葬された。
 北山五山の1つ。
 遠山。 臨済宗妙心寺派。
義姫の墓

義姫の墓

義姫の墓

 伊達政宗の母。
 天文17(1548)年〜元和9(1623)年7月17日
 保春院。
 通称:お東の方、最上御前。
 父/最上義守。
 右側に政宗の3男/宗清の供養塔がある。
 ▲(仙台市青葉区北山1-12-7 Tel. 022-234-0829)

伊達政宗の霊廟「瑞鳳殿」 (経ケ峯歴史公園)

 寛永13(1636)年6月27日、 伊達政宗が江戸/外桜田屋敷で死去し、生母の眠る仙台/覚範寺に仮埋葬。
 寛永14(1637)年、2男で嫡子の伊達忠宗が、遺言による経ケ峯に霊廟として建立、改葬された。
 両脇に、殉死の家臣15名と陪臣5名の宝篋印塔が並ぶ。
 昭和20(1945)年、空襲で焼失。
 昭和54(1979)年、再建。
 再建時の発掘調査で、身長159.4センチ、血液型B型、慧日寺破壊の天罰と噂された落馬による左腓骨の骨折跡も確認された。
 高野山/奥之院に供養墓があり、昌傳庵・瑞巌寺・京都/蟠桃院に位牌が納められ、青葉神社には主祭神として祀られている。

戊辰戦争 弔魂碑

戊辰戦争 弔魂碑
 戊辰の役で戦死した仙台藩士など1,260人の慰霊塔。
 西軍に脅迫され、会津藩とお互い承知の上で空砲による芝居をしようとした。 しかし西軍の見届け役が同行したため止む無く実弾を放ったため、反撃を受けて戦死した1名も含まれている。
 「戊辰之乱仙臺士民為本藩致命四方者無慮一千人矣今建一碑於祖廟之側以弔其魂冥々之中庶其有所慰焉
 表面上は同盟を装い陰で裏切っていた三春藩から虚を衝かれて戦死した方の多さに驚く。
 ▲有料 (仙台市青葉区霊屋下23-2 Tel. 022-262-6250)

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  瑞鳳寺 瑞鳳寺
 寛永14(1637)年、瑞鳳殿の香華院として創建。
 正宗山。 臨済宗妙心寺派。
 本尊は、釈迦三尊 (平泉/毛越寺から遷座)。
 瑞鳳殿へり参道左手にある。
 ▲有料 (仙台市青葉区霊屋下23-5
    Tel. 022-222-2389)

青葉神社

青葉神社

 伊達政宗が祭神 (武振彦命) として祀られている。
 明治7(1874)年、創建。
 ◇ 春の大祭、5月24日 (政宗の命日) 〜25日
 ◇ 例祭、10月9日〜10日
      (政宗が中納言になった日を新暦に換算)
青葉神社


 ▲(仙台市青葉区青葉町7-1 Tel. 022-234-4964)

昌傳庵

昌傳庵

 伊達政宗の位牌が納められている。
 永正3(1506)年、米沢領内の地に喜山高悦が開山。
 会津で創建された正傳庵が米沢に移り昌傳庵として再興されたとも。
昌傳庵  伊達家の転封に伴って、お供寺として仙台に移転。
 奕葉山。 曹洞宗。

 ▲(仙台市若林区荒町56 Tel. 022-223-1703)

伊達小次郎 (右念山の山頂)

伊達小次郎(右念山の山頂)

 永禄11(1568)年〜天正18(1590)年4月7日 (13歳)
 幼名:竺丸。 名:政道 (だて まさみち)。
 父/伊達輝宗、母/義姫 (最上義守の娘) 次男で、政宗の同母弟。
 天正15(1587)年、蘆名氏の当主として推薦されるも、蘆名氏の執権/金上盛備の策略により佐竹義重の子/蘆名義広に敗れる。
 弟/小十郎に伊達家の家督を継がせようと母/義姫が計画した政宗毒殺未遂事件の2日後、兄/政宗により殺害された。
 「小次郎には罪が無いが母を害することが出来ないから、代わりに小次郎を討った」 「長谷寺殿覺心圓公大居士」
 小次郎の殺害を知った母/義姫は、当日の夜に実家の山形城へ逃亡した。  ・・・・ とされる。
 後の国替えにより母の化粧領地となった際に改葬された。
 大悲願寺 (あきる野市) の住職となり寛永19(1642)年7月26日に没との説も。
 寛政5(1793)年、数えて8代目の当主/伊達斉村 (政宗から8代目) により、政宗による「7代の勘当」が解かれ、死後203年目に法要が営まれた。

小原縫殿之助の墓

小原縫殿之助

 主君を仰ぎ見るような場所にある。
 伊達小次郎の守り役。
 母の義姫から内密の命を受け、黒川城 (鶴ヶ城) より小次郎の遺体を運び出し義姫の在地/福島に埋葬し、切腹して殉死した。
 まもなく伊達家の領地でなくなったため、新たな化粧領地となった横山の地に遺骸を改葬した。
 生き絶え絶えの小次郎を抱え黒川城を脱走したが、やがて絶命した小次郎の遺骸を背負い、この地に運び、供養後の文禄元(1593)年2月8日に殉死したとの説も。
 ▲(登米市津山町横山字地志貝)

港町ブルースの歌碑 (港ふれあい公園)

港町ブルースの歌碑(港ふれあい公園)


≪2番≫
流す涙で割る酒は
だました男の味がする
あなたの影を ひきずりながら
港、宮古 釜石 気仙沼


 平成12(2000)年、除幕式。
 東日本大震災前は、歌碑の前に立つと2番までの曲が流れていた。
 昭和44(1969)年、作詞/猪俣公章・歌手/森進一で発売されるとミリオンセラーとなり、日本レコード大賞や日本有線大賞など受賞し、この曲で森進一はNHK紅白歌合戦の白組トリとなる。
 平成23(2011)年3月11日の東日本大震災で津波にあうも、流失せず現存。
 ▲(気仙沼市南町海岸)

名生城

名生城

 天正19(1591)年、秀吉の命を受けた蒲生氏郷が葛西・大崎一揆を鎮圧し、一揆勢と通じていた疑いの伊達政宗を牽制するため入城。
 観応2/正平6(1351)年、奥州探題/大崎家兼が築城。
 一揆の鎮圧後、しばらくして廃城になったとされる。
 現在では、名生館官衙遺跡として残るのみ。

 ▲(大崎市古川大崎字城内 一帯)

多賀城

多賀城 多賀城の碑

 鶴ヶ城と同じ日本100名城(7番)の1つ。
 神亀元(724)年、按察使大野東人が築城とされる。
 天平宝字6(762)年)、藤原朝狩が改修。
 宝亀11(780)年、再建。
 貞観11(869)年、貞観地震で倒壊。
 ▲(多賀城市市川字城前 一帯)

伊達宗村 (大年寺山/宝華林廟)

宝華林廟

 次女/沛姫が、松平容頌と結納 (入輿前に夭折)。
 享保3(1718)年5月27日〜宝暦6(1756)年5月24日(39歳)
 初名:久村。
 父/伊達吉村、母/冬姫 (久我通名の娘)。
 陸奥仙台藩/6代藩主。
 「政徳院殿忠山浄信大居士」
 ▲非公開 (仙台市太白区門前町3-22)

飯坂の局の墓 (天皇寺)

飯坂の局の墓

 伊達政宗の側室。
 永禄12(1569)年〜寛永11(1634)年閏7月17日 (66歳)
飯坂の局の墓  別名:松森の局、吉岡の局。
 父/飯坂右近宗康 (飯坂城主)の次女。
 慶長 9(1604)年、政宗の3男/宗清 (権八郎) の養母となる。
 慶長15(1610)年、宗清の在所替えにより、下草城へ移る。
 慶長18(1613)年、宗清の在所/吉岡へ移る。
天皇寺  寛永11(1634)年、共に生きてきた宗清が没した翌月に死去。

 ▲(大和町吉岡字天皇寺184-20 Tel. 022-345-2774)


≪ 東北三十六不動尊との ご縁 ≫

観音寺

観音寺の不動堂

 大龍寺薬師寺と共に東北三十六不動尊(第二十五番)。
 ・身代不動尊
 ・御朱印
 <御詠歌> とうかいの 紫雲たなびく 海岸山(かいがんざん)
       身代わり不動 誓い頼みて


 和銅2(709)年、草創 (伝)。
 喜祥3(850)年、巡錫の行基が観音像を彫り、円仁 (慈覚大師) が観音寺として創建。 観音堂は33年に1度の御開帳。
 海岸山、天台宗。 本尊は聖観音阿弥陀如来。
 ▲(気仙沼市本町1-4-16 Tel. 0226-22-0247)


大徳寺

大徳寺の不動堂

 大龍寺薬師寺と共に東北三十六不動尊(第二十六番)。
 ・横山不動尊
 ・御朱印
 <御詠歌> 横山に その名も高し 不動尊
       神秘の池に うぐいまします


大徳寺  保元年間(1156〜1159) 橘知禅が開基 (伝)。
 永正元(1504)年、横山村館主/男沢蔵人が大徳寺に改称。 白魚山、曹洞宗。
 本尊は、純金製/丈5cmほどの不動明王で、5mほどの木造/不動明王の胎内に安置されており、12年に1度の酉年に開帳される。
 ▲(登米市津山町横山字本町3 Tel. 0225-69-2249)


松景院

松景院

 大龍寺薬師寺と共に東北三十六不動尊(第二十七番)。
 ・神寺不動尊 (寺本尊)
 ・御朱印
 <御詠歌> 厄銭の 年の数もて 身を拭ひ
       諸厄を落す 神寺不動


 天正19(1591)年、実恵法印が開山。
 梅光山 神寺(かみてら)、真言宗智山派。
 本尊の不動明王は、お前立ちの胎内に奉安されている極秘仏/大聖歓喜天 (お聖天さん) 。
 ▲(美里町中埣字町80 Tel. 0229-34-1010)


西光寺

西光寺

 大龍寺薬師寺と共に東北三十六不動尊(第二十九番)。
 ・大滝不動尊、秋保大滝不動尊 (寺本尊)
 ・御朱印
 <御詠歌> 南無不動 功徳は世々に 現れて
       導き給え 秋保大滝

秋保大滝
秋保大滝

 平安期、円仁 (慈覚大師) が開基 (伝)。
 文政8(1825)年、木食知足上人が再建。
 滝本山、真言宗智山派。 本尊は不動明王。
 ▲(仙台市太白区秋保町馬場字大滝11 Tel. 022-399-2127)

愛敬院

愛敬院

 大龍寺薬師寺と共に東北三十六不動尊 (第三十番)。
 ・駒場滝不動尊 (寺本尊)
 ・御朱印
 <御詠歌> 水清き 駒場が滝の 不動尊
       守らせ給え 人の世の幸


 平安時代、円仁 (慈覚大師) が不動尊像を安置。
 駒場山、本山修験宗。 本尊は不動明王。
 ▲(丸森町字不動59 Tel. 0224-72-6003)


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