弘治3(1557)年、随風 (天海大僧正、22歳) が仮住まいし、空実僧都から法相宗・三論を学び修めた。
ここで母の危篤を知らされ、故郷/会津に戻る。
時代を遡ると、ここで徳一大師も修業している。
天智天皇8(669)年、藤原鎌足の妻/鏡大王の創建した山階寺が起源。
和銅3(710)年、藤原不比等が興福寺として創建。
法相宗大本山。 本尊は釈迦如来。
南都六宗の1つ/法相宗の大本山で、南都七大寺の1つ。
現在、中金堂が再建中で、平成30(2018)年に完成予定。
▲(奈良市登大路町48 Tel. 0742-22-7755)
慧日寺などを開山した徳一大師や天海大僧正が修業。
天平5(733)年、若草山に創建の金鐘寺 (金鍾寺とも) が起源とされる。
本尊は、国宝の盧舎那仏。
華厳宗大本山。
南都七大寺の1つ。
《東海道五十三次の起源》
天海が雲水の頃、東大寺で釈迦の教えである華厳経の経典を熟読した。
若い修行僧/善財童子が獅子に乗った文殊菩薩の意を受け53人の善智識を訪ねて教えを乞ったとの物語りから、善智識を53の宿場に例えて巡れば多くの善智識と出会え、それが国家の繁栄に寄与すると確信し、後に江戸と京 (大坂) を結ぶ東海道五十三次の宿場制度を徳川家康に具申した。
※ 善智識とは、仏教の正しい道理を教え導いてくれる善き友のこと。
慶長6(1601)年、東海道が着手され7年後に開通し、寛永元(1624)年に完成する。
里程124里8丁 (487.8km)の途中には一里塚が築かれ、53の宿場には本陣・脇本陣・旅籠・問屋場などの諸施設が設けられ、道中の利便性がはかられた。
▲(奈良市雑司町406-1 Tel. 0742-22-5511)
勝常寺と同じく国宝の薬師如来を所有。
(神護寺、醍醐寺、
銅造薬師如来坐像 (奈良時代)。
天武天皇9(680)年、天武天皇が勅願。
文武天皇元(697)年、持統天皇が本尊開眼。
▲有料 (奈良市西ノ京町457 Tel. 0742-33-6001)
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勝常寺と同じく国宝の薬師如来を所有。 (醍醐寺、仁和寺、 推古15(607)年、推古天皇・聖徳太子が創建と伝わる。 斑鳩寺とも。 本尊は釈迦如来。 ユネスコの世界遺産 (文化遺産)。 |
勝常寺と同じく国宝の薬師如来を所有。
(醍醐寺、仁和寺、
木心乾漆薬師如来立像 (奈良〜平安時代初期)。
天平宝字3(759)年、唐僧/鑑真が開祖。
▲有料 (奈良市五条町13-46 Tel. 0742-33-7900)
勝常寺と同じく国宝の薬師如来を所有。
(醍醐寺、仁和寺、
木造薬師如来立像 (平安時代前期) は、奈良国立博物館に寄託。
推古天皇元(593)年、蘇我馬子が開祖。
▲有料 (奈良市中院町11 Tel. 0742-23-1377)
勝常寺と同じく国宝の薬師如来を所有。
(醍醐寺、仁和寺、
木造薬師如来坐像 (平安時代初期)。
8世紀中期、光明皇后が開基と伝わる。
聖武天皇とも。
▲有料 (奈良市高畑町1352 Tel. 0742-22-3736)
勝常寺と同じく国宝の薬師如来を所有。
(醍醐寺、仁和寺、
所有の木造薬師如来坐像 (平安時代前期) は。京都/若王子神社が所蔵していたもの。
明治28(1895)年、帝国奈良博物館として開館。
昭和27(1952)年、現在の名称に変更。
▲(奈良市登大路町50 Tel. 0742-22-7771)
日本三大文殊菩薩 (清龍寺/筆の文殊、智恩寺/紙の文殊) の1つで「硯の文殊」。
知恵の文殊とも。
飛鳥時代に安倍倉梯麻呂が開基。
国宝、国の重要文化財、特別史跡。
▲(桜井市阿部645 Tel. 0744-43-0002)
鶴ヶ城と同じく日本100名城 (61番) の1つ。
元弘2(1332)年、越智邦澄が築城。
高取山城とも。
明治6(1873)年、廃城。
国の史跡。
▲(高取町高取)