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会  津  遊  撃  隊

 仙台にて、陸軍奉行/大鳥圭介の第二大隊一番小隊遊撃隊附属として結成。
 結成時は70名だったが、その後の最大時には100名を超えたという。
 松前/矢不来の戦いで、隊長の諏訪常を含め多数の負傷者を出し、箱館山の麓にあった病院/高龍寺に収容されていたが、5月11日に長賊らが乱入し動けない負傷者を惨殺、生き残った藩士たちは火をはなたれ、生きたまま焼き殺された。

<年号無しは、明治2(1869)年>    .
諏訪常吉 隊長 改役頭取 4月29日、松前/矢不来で負傷、5月16日に箱館病院で死去  37歳  墓は実行寺
4月22日に当別へ出陣した際、勧告状を書し和平交渉のきっかけとなる
三瓶桃助   4月29日、松前/矢不来で戦
渡辺荘吉 頭取 福山で戦死
木村理左衛門 頭取 探索方
元/朱雀士中四番隊幌役
東京で間諜、終戦を聞き箱館に戻り、
降伏後に斗南藩へ移住
安部井政治 政次・阿部井とも 差図役 香坂源吾の次男・安部井仲八の養子 4月29日、松前/矢不来で戦死 25歳
坂綱 差図役 4月29日、松前/矢不来で戦死
5月15日、降伏 (彦根藩へ幽閉) とも
林勝五郎 差図役 4月29日、松前/矢不来で戦死
並川亨 並河・章とも  差図役並 4月29日、松前/矢不来で戦死
5月15日、降伏 (彦根藩へ幽閉) とも
斎藤主税 主計とも 嚮導役 元/幕臣 4月29日、松前/矢不来で戦死
渡部勝助 嚮導 4月29日、松前/矢不来で戦死
渡部庄蔵 渡辺とも 嚮導役 元/幕臣
元/朱雀足軽二番桜井隊
4月29日、松前/矢不来で戦死  24歳
野村源六 元六とも 治助の弟
調方・軍事方
4月29日、松前/矢不来で戦死  33歳
吉沢才五郎 吉沢幸五郎とも 調方 4月29日、松前/矢不来で戦死
古沢友三郎   4月29日、松前/矢不来で戦死
松川信平   4月29日、松前/矢不来で戦死
里見重吉 重太郎とも 4月29日、松前/矢不来で戦死
成瀬金之丞  明治2年4月29日、蝦夷/福山で負傷し
  後に治療中の病院で長賊らに惨殺
木下見蔵 箱館病院調役 5月11日、蝦夷高竜寺分院で斬殺
重条幸吉 箱館病院調役 5月11日、蝦夷/亀田で戦死
芝守三 柴とも 改役頭取 5月15日、降伏 (彦根藩へ幽閉)
高橋辰吉 頭取 5月15日、降伏 (彦根藩へ幽閉)
柏崎才一 頭取  御側衆 5月15日、降伏 (彦根藩へ幽閉)
金子忠之進 差図役並  御小姓衆 5月15日、降伏 (彦根藩へ幽閉)
後に兵学寮職員
井上金吾 差図役下役  
山田陽次郎 源次郎・竹次郎とも
差図役下役
5月15日、降伏 (古河藩へ幽閉)
井源常五郎 嚮導 5月15日、降伏 彦根藩(へ幽閉)
小野権之丞 箱館病院掛頭取 (事務長) 5月15日、降伏 (古河藩へ幽閉)
赤城信一 函館病院分院/医師 降伏 (久留米藩へ幽閉)
相沢武左衛門 詳細不明 明治元(1868)年、松前で死
秋野治郎 金次郎とも 5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
荒井大助 元/江戸大砲隊 (箕田藩邸) 5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
荒井登 元/江戸大砲隊 (箕田藩邸) 5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
五十嵐伊織 軍艦乗組、裁判役附属
1月15日に新選組に入隊
5月15日、弁天台場防戦中に負傷
 同日に降伏し入院 (香春藩へ幽閉)
石田伍助 五輔として  軍艦乗組 5月15日、降伏 (中村藩へ幽閉、当時18歳)
大久保小四郎   5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
後に各県の巡査を歴任
大竹作右衛門   5月15日、降伏 (彦根藩へ幽閉)
片岡八三郎 初太郎とも 5月15日、降伏 (阿波藩へ幽閉)
小松省三   5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
雑賀孫六郎 開拓奉行支配組頭 5月15日、降伏 (阿波藩へ幽閉)
田村数馬   5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
長谷川勝助 昇助とも 5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
長谷川丈之介 又之助のこと  軍艦乗組 5月15日、降伏 (延岡藩へ幽閉)
松田精助 精介とも 5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉、彦根藩とも)
松田精蔵   5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
森謙助 健助とも  5月15日、降伏 (郡山藩へ幽閉)
大竹豊之進   5月、戦死  27歳
松田一介   戦死
板倉和助   脱走 (当時15歳)
有賀茂 所属など不明 降伏 (郡山藩へ幽閉)
長谷川松之助 所属など不明 降伏 (郡山藩へ幽閉)
伊藤利兵衞 所属など不明 降伏 (川越藩へ幽閉)
大久保三次郎 所属など不明 降伏 (前橋藩へ幽閉)
神田圖書 軍艦乗組 降伏 (亀山藩へ幽閉)
島貞之進 定之進とも  所属など不明 降伏 (金沢藩へ幽閉)
東條一 所属など不明 降伏 (尼ケ崎藩へ幽閉)
蓮池誠蔵 軍艦乗組 降伏 (島原藩へ幽閉)
林勝次郎 勝二郎とも  軍艦乗組 降伏 (中村藩へ幽閉)
真宮魯三郎 軍艦乗組 降伏 (今治藩へ幽閉)
宮本浅吉 軍艦乗組 降伏 (中村藩へ幽閉)
若山磯次郎 軍艦乗組 降伏 (中村藩へ幽閉)
赤城倍一 軍艦乗組  
結城繁治 御徒  
林勝四郎 嚮導  
今川二郎次郎    
梅木勘吉    
大久保治郎    
高橋辰次郎    
角田茂助    
中澤幸三郎    
廣瀬惣吉    
北條秀五郎    
三浦源七郎    
結城平五郎    

 旧幕軍/衝鋒隊で奮戦した元会津藩士/木村大作・松田昌次郎、新撰組として戦った赤羽音吉大庭久輔たちも従軍していた。
 逃亡していた西郷頼母 (保科頼母)は舘林藩へ幽閉。

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