三条大橋に晒された首を3晩目の夜陰に紛れて奪い取り、懇意にしていた住職に依頼し埋葬したが、当時は隠していたため無縁扱いになってしまったと云う。 昭和33(1958)年、寺の調査で由来が明らかになったとのこと。 墓は、天寧寺、龍源寺、寿徳寺にもある。
首塚の台座に刻まれている名の伝習隊士と回天隊士は、ほとんどが後に戦死している。 土方歳三 戸村静一郎 小笠原新太郎 内田良太郎 鈴木萬之助 佐藤善二郎 鈴木源兵衛 菰田幸之助 松下信三郎 市原鐘太郎 太田政一郎 慶応三年 ??
本堂の左側にある。 石段を上った所に煌びやかな堂宇があり、その左下にある徳川家康の父/松平広忠の墓の向かい側。