戊 辰 の 役 / 殉 難 者[戻る] [TOP] [行く] [遊ぶ] [知る]西 会 津 町見かねて葬っても、掘り起こされ元の場所に捨てられた。 鳥獣に食い散らかされ、腐敗し、やがて朽ち果てていった。 名前すら分らなくなった数多くの魂が、そこかしこに眠っている。 正式な供養すら、太平洋戦争終結まで待った例は、数限りなくある。 掲載しているのは、その中の、ほんの一部のみ。 安藤元四郎 . (龍泉寺)
慶応4(1868)年9月2日、真ヶ沢で戦死。 龍泉寺承応3(1654)年、宮野村に千秋寺として草創。寛永19(1642)年、真箇沢村に移し、龍泉寺と改めて再興。 曹洞宗、嶺雲山。 竜泉寺との記載も。 承応3(1654)年、再興。 昭和47(1972)年、所蔵の鉄眼判大般若経・絹本著色仏涅槃図・絹本著色十六善神像が町指定重要文化財となる。 観音堂は、同地区/奥川七観音の第六番/真ヶ沢観音堂。 戊辰の役で、襲撃した西軍の弾痕が本堂の柱などに現存。 ▲(西会津町奥川大字飯里字反田1815 Tel. 0241-49-2032) 山本定平 . (常楽寺)
山本栄三郎とも名乗る。 曹洞宗、隆源山。 .
▲(西会津町野沢字原町乙2253 Tel. 0241-45-3307) [戻る] [TOP] [行く] [遊ぶ] [知る] |