ミ ニ ミ ニ 博 物 館
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昭 和 な つ か し 館
▲(会津若松市大町1-1-46 Tel. 0242-27-0092)
狭い階段を上った狭い空間に、昭和の中頃が、確かに残っている。
時折、修学旅行などの児童や学生らの行列ができ、賑わっている。
2階の空間に入れる人数は、決まっている。
オバチャンが、手際良く、人数制限の対処をこなす。
昔懐かしい風景も、今の子どもには、新鮮なものに映るようだ。
茶の間は小さかったけれど、家族の皆が集った。
食事は、常に家族と一緒だった。
中心には、とても怖かったけれど、凛とした父がいた。
晩酌をしながら語る父の話しを楽しんだ。
貧しかったけれど、心は豊かだった。
そして、明日にでも叶う「夢」があった。
白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫は、「三種の神器」といわれた。
まず、白黒テレビがやってきて、笑い声が茶の間にあふれた。
程なく洗濯機がやってきて、母の手から“あかぎれ”が消えた。
冷蔵庫がやってくると、品数が増え、食卓が豊かになった。
今や有線放送、カラオケが全盛の時代である。
訪れている世代の子どもたちは、レコードなど見たこともない。
ミュージックボックスは、どのように映っているのだろうか。
1階の店の奥に、蔵座敷がある。
壊れものが展示されているため、“大人”のみの入場となっている。
安政5(1858)年に建てられ、明治に入ると旅籠「ものや」として使われていたとのこと。
1階の「骨董倶楽部」では、小物類の骨董類を販売している。
隙間なく、所狭しと並べられている。
ひっきりなしに2階の昭和なつかし館に、児童たちが訪れる。
入館料の方が、骨董の売れ上げより、圧倒的に多いようだ。
夕暮れの薄暗い路地に、たばこ屋、銭湯、写真館などが連なってる。
看板や電柱、郵便ポスト、雨どい、軒先、柱まで、すべて本物。
店の名は、すべて実在の名が付けられているとのこと。
小物は、1階の売り場から持ってきているのか、きめ細かくて、実に豊富。
茶の間にある白黒テレビからは、なつかしい力道山の映像が流れている。
茶の間の黒電話の脇には、料金箱。
各家庭に電話が普及していなかった時代、電話のある家で、よく借りたものだ。
実物に触れることができ、ほかの展示場と決定的に違う。
入館料の価値は、充分ある。
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