なぜ日本人は歴史を検証しないのか
序章 歴史の検証を阻む薩長史観
第一章 黒船来航の舞台裏
第二章 勝海舟という虚像
第三章 戊辰戦争という奇妙な戦
第四章 明治政府の腐敗と「西南の役」
終章 軍国日本を創った明治維新
教科書には絶対に書かれない歴史の真相を暴く
徳川政権末期の「徳川近代」という時代の存在は、明治新政権が政治的に江戸時代を全否定することによって抹消されてしまった。
本書は、幕末・明治を揺るがした事件を年代順にたどり、勝者である官軍によって歪められた嘘を一つ一つ丁寧に検証していく。
幕臣たちは あの時、何をしていたのか。
明治近代という非日本的な時代を清算することにより、江戸以前より脈々と続く、日本の歴史の真実を解き明かす。
第一章 黒船来航の舞台裏
1 国際環境からみた黒船来航
【通説】 | 江戸時代の日本は鎖国という排外主義の政策を採っていた。 |
【歴史の真相】 | キリスト教勢力の侵略を防ぐために閉鎖的な政策をとる必要があった。 また、莫大な利益を生む海外交易を制限したのは西国の外様大名に力をつけさせないためである。 |
2 老中阿部正弘の対応
【通説】 | 阿部正弘は広く意見を集めたバランス型の政治家である。 |
【歴史の真相】 | 日米和親条約の締結、積極的な人材登用角前例を無視した果敢な決断をいくつも下しており、単純なパランス型の政治家とはいえない。 |
3 武力行使のできないペリーの事情
【通説】 | ペリーは黒船の武力を背景に、江戸幕府に開国を迫った。 |
【歴史の真相】 | ペリーは発砲厳禁を命じられていたため、礼砲を盛んに撃って幕府を威圧しようとした。 しかし幕府も庶民もパニックにならず、庶民はお祭り気分で黒船を見学した。 |
4 堂々たる初めての日米交渉
【通説】 | アメリカの威圧に屈して幕府は日米和親条約を締結させられた。 |
【歴史の真相】 | 幕府はペリーと対等かつ互角に渡り合った。 林大学頭が交渉して締結した日米和親条約は、日本側に分がある内容となっている。 |
5 日米修好通商条約は不平等条約か?
【通説】 | 日本が結ばされた日米修好通商条約は不平等条約である。 |
【歴史の真相】 | 不平等条約になったのは薩長のテロのため。 自由貿易後、日本の貿易は黒字となったが、テロが続き賠償として関税を引き下げざるを得なかった。 |
第二章 勝海舟という虚像
1 江戸城無血開城という美談
【通説】 | 勝海舟と西郷隆盛の会談で江戸城は無血開城となった。 |
【歴史の真相】 | 終戦交渉や慶喜の処遇をめぐる交渉は、山岡鉄舟と西郷との間で煮詰まっており、勝と西郷の会談は確認に過ぎない。 |
2 咸臨丸は誰が操船したのか?
【通説】 | 勝海舟が乗った咸臨丸による初めての太平洋横断。 |
【歴史の真相】 | 咸臨丸は万延遣米視察団の随伴艦であるうえに、咸臨丸を操舵したのはアメリカ海軍人と元笠間藩士小野友五郎。 勝海舟は何もできなかった。 |
3 崩壊した勝海舟英雄譚
【通説】 | 勝海舟が咸臨丸を操舵し、見事に日本人だけの力で太平洋を渡った。 |
【歴史の真相】 | 咸臨丸で太平洋を横断するという難事業を成し遂げたのは、運用方でもあり、測量方でもあった小野友五郎の力。 |
第三章 戊辰戦争という奇妙な戦
1 テロリズムからクーデターへ
【通説】 | 勤皇の志士たちが江戸幕府を倒し近代化の扉を開いた。 |
【歴史の真相】 | 勤皇の志士と呼ばれる人物の多くが、放火・略奪・暗殺という行為に繰り返し手を染めたテロリストである。 特に長州は過激なテロ行為を行っていた。 身分を超えた革新的な部隊とされる奇兵隊には、ならず者が多かった。 |
2 勅許偽造と「王政復古大号令」の失敗
【通説】 | 王政復古の大号令が発せられて明治維新が成立した。 |
【歴史の真相】 | 政権を返上するという徳川慶喜の奇策に対抗するために、幼い天皇を人質にして行ったクーデターが王政復古の大号令である。 しかし、政権運営能力のない朝廷は、その後に徳川慶喜の政権運営継続を認めていることから、王政復古は失敗したといえる。 |
3 テロ組織「赤報隊」の挑発
【通説】 | 年貢半減を布告しつつ東上した赤報隊は偽官軍として処罰された。 |
【歴史の真相】 | 「維新」に失敗しつつあった薩長は、赤報隊使って江戸でテロ行為を行わせ、戊辰戦争のきっかけをつくった。 その後、薩長中枢の許可を得て、年貢半減をアピールして民衆の心を惹きつけながら東上するも、偽官軍として切り捨てられた。 |
4 武家の常識では測れない徳川慶喜
【通説】 | 戊辰戦争では近代化された装備を持つ薩長軍が幕府軍を圧倒した。 |
【歴史の真相】 | 鳥羽伏見の戦いでは幕府軍が質・量とも勝っていた。 二本松戦争以降の奥羽の戦闘では新式銃の弾薬が底つき旧装備で戦ったため、薩長軍の装備が勝っていた。 鳥羽伏見の戦いで装備に勝る幕府軍が敗走したのは、徳川慶喜が兵を置いて逃げたため。 |
第四章 明治政府の腐敗と「西南の役」
1 腐敗しきった長州汚職閥
【通説】 | 文明開化の大合唱の中で これまでの風俗を野蛮だとして西洋風を推進した。 |
【歴史の真相】 | 新政府のリーダーに成り上った開化主義者や新しく生まれたエリート層は、道徳的観念に乏しく、江戸期武家社会の倫理観からかけ離れた存在だった。 明治新政府は その初期から権力欲、金銭欲にどっぷり使って腐敗していた。 |
2 「郷中」が生んだ二才頭・西郷
【通説】 | 西郷隆盛は無私である点と冷徹な策謀家という二面性がある。 |
【歴史の真相】 | 西郷を理解するには、薩摩独特の「郷中」や「テゲ」と呼ばれる身の処し方を理解することが不可欠である。 |
3 岩倉使節団の失態から「西南の役」へ
【通説】 | 岩倉使節団は西欧から「近代」を学びとって帰国した。 |
【歴史の真相】 | 様々な失態が重なり岩倉使節団の帰国が大幅に遅れたため、明治6年政変も起こった。 結果として西郷隆盛が下野し西南役がおこる。 西郷は「征韓論」に敗れて下野したわけではない。 |
終章 軍国日本を創った明治維新